監督・脚本はハサン・ハーディ。本作が長編第1作とのこと。
カンヌ国際映画祭では新人監督賞(カメラ・ドール)、監督週間観客賞をダブル受賞した。
物語
祖母と二人で暮らす9歳のラミアは、学校のくじ引きで「大統領のケーキ係」に選ばれてしまう。フセイン大統領の誕生日に、お祝いのケーキを準備する係だ。翌朝、ラミアは祖母に連れられて、父の形見の時計と、“友達”の雄鶏ヒンディとともに町へ出かける。だが、日々の食卓も満足に揃えられない祖母の目的はケーキではなく、ラミアを養子に出すことだった。思わず逃げ出したラミアは、自らの手でケーキの材料を集めれば、祖母との暮らしを続けられると信じて、クラスメイトのサイードと協力して町を駆け回る。十分なお金も時間もなく、あるのは知恵と想像力だけ── はたして、“名誉あるケーキ作り”の行方は?
(公式サイトより抜粋)
とても貴重なイラク映画
お隣の国イランの映画を観ることはそれほど珍しいことではないかもしれないけれど、イラクの映画というのは初めてだと思う。
たとえば『ウォーフェア 戦地最前線』のように、イラクにおける戦争を題材にしたほかの国が製作した映画は観たことがあるけれど、イラクで製作された映画を観るということは『大統領のケーキ』が初めてなのだ。
『ウォーフェア』の撮影はイラクで行われたわけではなかったようだけれど、『大統領のケーキ』は実際にイラクで撮影された作品だ。中東あたりのイメージとしては砂漠の風景を思い浮べてしまうけれど、主人公のラミア(バニーン・アハマド・ナーイフ)の暮らしている場所は湿地帯だ。ラミアやクラスメイトのサイード(サッジャード・モハンマド・カーセム)は自分で船を漕いで学校に通うことになる。
ハサン・ハーディ監督のインタビューを読むと、この地域の人々は7000年前くらいから同じような生活スタイルをしているとのこと。家も水の上にあるような状態で、住民の足としては船が一般的になっているのだ(夜の川を往くシーンが美しい)。
このあたりはかつてメソポタミア文明が栄えた地域であり、その頃とあまり変わらない風景を垣間見られるのだとしたら、なかなか貴重な作品なのかもしれない。

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大統領のためにケーキを
時代はフセイン大統領が健在だった時代だ。独裁的な権力を手中に収めていたフセイン大統領は、自分の誕生日を国民に祝わせることを強要したらしい。貢物を用意させ、さらにケーキを作ることが強要されたのだ。
この時代は戦争の時代でもある。のどかな湿地帯の風景が描かれていると思うと、突然戦闘機が上空を飛んでいき轟音が響き渡ることになる。そういう時期だから様々な物資も不足している(飲み水も配給されていた)。クラスのくじ引きでケーキ係に任命されてしまったラミアは、貧しくてもケーキを作るために材料を揃えなければならなくなる。
ケーキの材料は、小麦粉に卵にベーキングパウダーなどだ。そうしたものを一から揃え、ケーキを焼いて、それ提出しなければ、通報されてしまいクラス全員が罰を受けることになるのだという。大統領に忠誠を誓うことを拒否したとみなされてしまうのだ。そんなわけでラミアはクラスメイトのサイードと一緒に街に材料を探しにいくことになるのだが……。

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大統領のために悪事を
ラミアはほとんど金を持っていない。父親の形見の時計が唯一の財産と言ってもいいくらいだ。金もないのに、ケーキは用意しなければならない。かなり理不尽な要求だ。
しかも、このケーキは実際にフセイン大統領に届くわけではなさそうだ。つまりは忠誠心を試すためにそういうことをさせていたということらしい。
ラミアの両親はすでに亡くなったようで、家にいるのはおばあちゃん(ワヒーダ・サーベト)だけだ。そのおばあちゃんもラミアを養子に出そうとしている。暮らしていくのがやっとのような状態では、ラミアのためにも養子にもらわれたほうがいいという判断なのだろうか?
それからお伴のサイードも同じように困窮している。彼の父親は片足がない。戦争による負傷ということなのかもしれない。それでも生きていかなければならないわけで、サイードは遊園地でスリをして生計を立てているらしい。生きるためには仕方がないということだろう。
ラミアもサイードと同じように悪事に手を染めることになる。街へ出るためにバスに乗らなくてはならない。それでもお金はない。そんな状況の中でラミアはこっそりとバスのリアバンバーの上に乗って街を目指すことになる。もちろん無賃乗車だ。その先もラミアは小麦粉を盗んだりするわけで、彼女は大統領のために悪事に手を染めることになってしまうのだ。
観る前はもっとハートウォーミングでのどかな映画を予想していたのだけれど、結構シビアな話だった。鶏のヒンディがお利口さんなところが癒されるけれど、ラミアにも笑顔がほとんどないし、出くわす人も親切な人は少なく、危なっかしい人が多かったりするのだ。こういう人が多いことまでフセイン大統領のせいにすべきなのかはわからないけれど……。

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虎の威を借る狐
劇中には「フセイン大統領、万歳」みたいなシーンがいくつもある。ここだけを見ているとイラクの国民はフセイン大統領に心酔しているように見えなくもない。ラミアのおばあちゃんはくじ引きの時は「トイレに逃げろ」などと言っていたくらいだから、フセイン政権には批判的だったのかもしれないけれど、劇中でおばあちゃんは亡くなってしまうためによくわからない。
2003年にフセイン政権が倒れた時、その銅像が倒れる映像が何度もニュースに流れた。これはアメリカ軍が指導した側面もあるようだが、一般市民も率先してそれに参加していたらしい。フセイン大統領に対する不満はみんな感じていても、それを言い出せなかったということだろうか。
ちなみに銅像を倒すのに積極的に参加したイラク市民のひとりは、あとになってアメリカの支配の方が酷かったとも言っているらしいから、なかなか厄介なことではある。
ラストではフセイン大統領の実際の映像も使われているけれど、本作で印象的なのは権力者の力を背景にして威張りくさっているラミアの担任のような人だろうか。「虎の威を借る狐」というヤツだ。
子供たちが困窮しているのを知らないのか、この担任は「ケーキはクリーム付きが望ましい」などと言っている。結局、そのケーキを食べるのは自分だから、自分の食べたいケーキを要求しているということなのだろう。こういう人は時の権力者が倒されると手の平を返すようになるのだろう。
そういうことはかつての日本にもあった。戦争が終わるとそれまで正しいとされてきたことがひっくり返ってしまったのだ。日本はかつて「一億総玉砕」などと言っていた。それを信じている人がどこまでいたのかはわからないけれど、時の指導部としては建前としてもそんなスローガンを掲げていたということだろう。リーダーが間違えると苦労させられるのは一般の人たちであり、何より子供たちということだろうか。





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