『おんどりの鳴く前に』 思ったより悪くない

外国映画

監督のパウル・ネゴエスクは、1984年生まれのルーマニア人。

本作はルーマニア・アカデミー賞(GOPO賞)で、作品賞・監督賞・主演男優賞など6冠を獲得したとのこと。

原題は「Oameni de treaba」。

物語

ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村の中年警察官イリエ。
野心を失い鬱屈とした日々を送っている彼の願いは、果樹園を営みながら、ひっそりと第2の人生を送ること。
しかし平和なはずの村で惨殺死体が見つかったことをきっかけに、イリエは美しい村の闇を次々と目の当たりにすることになる。
正義感を手放した警察官がたどり着く、衝撃の結末とは―。

(公式サイトより抜粋)

善良な田舎の人たち

原題はルーマニア語の「Oameni de treaba」というもので、これを訳すと「善良な人々」ということになるらしい。ルーマニアの田舎が舞台となっていて、登場人物はごくごく善良な田舎の人たちということになる。

主人公のイリエ(ユリアン・ポステルニク)はちょっとくたびれた警察官だ。かつては野心があったとも言われているが、今ではそんなものは忘れてしまったのか、村の警察官としてひっそりと生きていくことを望んでいる。イリエの今の目標は果樹園を手に入れることだ。

イリエは奥様と別れて今はひとり暮らしで、果樹園があれば生活の基盤となると考えているらしい。果樹園で金儲けをしたいとかではなく、それがあれば新たに結婚して、人生をやり直すこともできる。そんな平凡な幸せを思い描いているのだ。

この前半部ののんびりとした雰囲気を見ていると、貧しいながらも心豊かな田舎暮らしが描かれそうなイメージでもあるのだが、そんな村に突然の殺人事件が勃発することになり……。

©2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production

村の秘密

村にやってきた新人警官のヴァリ(アンゲル・ダミアン)は、その村の風景を美しいと褒めるのだが、実はその村には秘密がある。

折しも村では最近起きた洪水の復旧作業でてんやわんやで、村長(ヴァシレ・ムラル)が率先してその作業に当たっている。その姿を見ていると、村人みんなで助け合っている麗しい様子にも見えるのだが、それは外面だけだったのだろう。

その村は、村長と司祭がすべてを仕切っており、川を立入禁止にしてそこで密輸をしているらしい。村長からすれば、その収益によってその村では飢える者はいないらしいのだが、そうした違法行為によって村は潤っているということになる。

イリエは村長たちの悪事の詳細までは知らなかったようだ。それでも警察官として村長には世話になっていることもあって、見て見ぬフリをしている部分もあったということなのだろう。さらにイリエは、件の殺人事件に村長たちが関わっていることを知っても、それに関しても目をつぶることになるのだ。

©2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production

スポンサーリンク

 

ルーマニアという国

パウル・ネゴエスク監督によれば、この村の姿はルーマニアという国の縮図みたいなものらしい。独裁者だったチャウシェスク大統領が処刑された時の映像は当時のニュースで見たけれど、ルーマニアでは今でも腐敗した政治家は多く、本作の村長には実在のモデルがいるらしい。本作はある小さな村の汚職を描いているけれど、それはルーマニアという国のどこでも起きているということなのだ。

イリエは村長から口封じめいた形で果樹園を譲り受けることになる。ところが、その果樹園の木をよく調べてみると、内側から腐っていることが明らかになる。村の風景は美しいけれど、中身はどうにも腐敗しているということを示しているというわけだ。

ヴァリが初めてその村にやってきた時に、その果樹園を見て「ゴミが多い」などを文句を言うのだが、それに対してイリエは「ゴミを見ずに美しい木を見ろ」と反論する。これは「臭いものにはフタをしろ」ということであり、見て見ぬフリにつながってくる。さらにイリエはヴァリに対して「文句を言うくらいなら自分で片づければいい」と怒り出すのだが、自分ではそれが無理だとわかっていたからこそなのだろう。

結局、殺人事件を嗅ぎまわっていたヴァリは、村の誰か(恐らく村長たち)に半殺しの目に遭わされることになってしまう。村で生きていくためには、村の掟に従わなければならないということなのだろう。イリエもかつてはヴァリと同じようなやる気を持っていたのかもしれないけれど、10年という時間がイリエをスポイルすることになってしまったのだ。

©2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production

思ったより悪くない

前半のほのぼの感とは打って代わり、後半は「閉鎖的な田舎って怖いよね」という話になっていく。たとえば、最近のドラマで言えば『ガンニバル』とよく似ているかもしれない。『ガンニバル』は、新人警察官として主人公が赴任してくることから物語がスタートする。外部の者がやってくることでその村の異常性が明らかになるというわけだ。

しかし、本作ではイリエはすでに10年もその村にいる人物だ。村長からも仲間だと思われ、息子のように可愛がられている。言わば、もう「ズブズブの関係」ということになる。だからイリエとしても今さら村長の悪事がわかったとしても、それに対して何も言うことができなくなってしまう。多分、ルーマニアではそういう人が多いということなのだろう。だからラストで描かれるのは、それでも誰かが声を上げなければならないというメッセージだったのかもしれない。

『おんどりの鳴く前に』はおんどりの登場で始まり、おんどりで終わることになるのだが、この邦題は聖書のエピソードから採られているらしい。カトリックの初代教皇であるペテロがイエスのことを「知らない」と否認したという有名なエピソードだ(「聖ペテロの否認」)。

ただ、本作のイリエの行動は、そんな切実なものだったようには見えなかった。直接的なきっかけは、イリエが横恋慕していた殺人事件の被害者の妻クリスティナにフラれたことだったわけで、ほとんどやけっぱちのように見えるからだ。

それでも村長たちの不正を明らかにすることは、少しだけ気持ちよかったのかもしれない。ラストでイリエがつぶやいていたのは「思ったより悪くない」というものだった。正義を貫くのも悪くないということだろうか。尤も、イリエがやったことは命懸けだから、かなりブラックな話ではある。

ラストの銃撃戦のグダグダ感は悪くなかった。このゆるーい感覚が本作の美点なのだろう。ただ、「前評判ほどは良くはない」と感じてしまったことも確かで、これはルーマニアの事情を知らないからなのかもしれないけれど……。

コメント