監督・脚本は『アブラハム渓谷』のマノエル・ド・オリヴェイラ。
原題は「O Dia do Desespero」。
ある小説家の死
公式サイトの紹介によれば、カミーロ・カステロ・ブランコというポルトガル文学を代表する小説家の最期の日々を描いているとのこと。そもそもこのカミーロ・カステロ・ブランコという小説家のことをまったく知らないのだが、この人物は拳銃自殺を遂げることになったらしい。
日本では夏目漱石という小説家を知らない人はいないと思うけれど、ポルトガルで漱石のことを知っている人がいるのかどうか? このカミーロなる小説家も、母国ポルトガルでは代表的な作家なのかもしれないけれど、日本では知られていないだけなのだろうか。
とりあえずはマノエル・ド・オリヴェイラはカミーロという小説家の作品を何度か映画化しているのだそうだ。この情報は公式サイトに記載されているわけではないので、本当なのかどうなのかは不明だけれど……。そうだとすれば、カミーロという人物に思い入れもあって本作を製作したということなのかもしれない。
最初に正直な感想を記せば、到底面白みがある作品ではないというところになるだろうか。基本的にはフィックスの長回しが多く、カミーロ(マリオ・バローゾ)が誰かに手紙を書いていたり、そのパートナーである女性アナ(テレーザ・マドルーガ)の語りが延々と続いていく。なぜか馬車の車輪だけを映し、そこにナレーションが被せられる場面が三度もある。そうして、最後にカミーロが拳銃自殺を遂げることになる。
公式サイトによれば、「オリヴェイラ作品の中で最も厳格とも評される」のだそうだ。「厳格」という言い方は曖昧だけれど、余計なものが何もないとは言えるかもしれない。延々と死に囚われている男がいて、それを見守る女がいる。それ以外は何もない作品なのだ。だから当事者にとっては大変な事態なのかもしれないけれど、それ以外の人にとっては何とも退屈な作品になってしまっている。
とはいえ、自殺を描いた作品なんてものは、だいたいそんなものかもしれない。最期が拳銃自殺ということでルイ・マルの『鬼火』を思わせなくもない。確かに『鬼火』も陰鬱な作品だったけれど、死の前に周囲に挨拶して回るあたりには主人公の思いを感じなくもないし、それなりの物語性があったとも言える。それに対して、『絶望の日』はそうした物語性みたいなものがまったく感じられない分、余計にキツい作品になっている。

© Madragoa Films, Gemini Films
なぜ死にたいの?
長男はカミーロ曰く「イカれて」いて、その長男の描写だけは妙に印象深いのだが、長男のエピソードはそれだけで終わってしまう。その場面をスチールで見ると、ムンクの『叫び』ともよく似ている気もする。
それから役者たちは彼ら(彼女ら)自身として登場し、観客に挨拶めいたことをしてみたりもする。実在した小説家を描いた作品ではあるけれど、フィクションであることをわざわざ示しているのだ。本作はカミーロの死を再現している部分もあるのだろうと思うけれど、同時にフィクションでもある。そのあたりでは自身のドキュメンタリーと言いつつもフィクションが混じり合っている『訪問、あるいは記憶、そして告白』と重なる部分もある。
それにしてもカミーロはなぜ自殺しなければならなかったのだろうか。後半には眼病の話もあるし、それが決定的な引き金になったのだろうか? 延々と「死にたい」という話を聞かされたような気もするのだけれど、結局はなぜ死にたかったのかはよくわからない。
もしかすると自殺の理由についても語られたのかもしれない。それでも「木を隠すなら森の中」というヤツで、真実が語られたとしても延々と語り続けているために、それすらどんどん上書きされてしまい、本当の理由もわからなくなってしまったということだろうか。

© Madragoa Films, Gemini Films
死に対する恐怖の克服
本作は製作年は1992年だ。『カニバイシュ』よりは後で、『アブラハム渓谷』の前年ということになる。オリヴェイラは80代の半ばくらいということになる。考えてみれば、私が観ることができたオリヴェイラ作品の多くが“死”というものを扱っている。
100歳を越えて撮った『アンジェリカの微笑み』の時は、死について描いていても、もっと楽観的だったことを考えると、『絶望の日』という作品では盛んに死を怖がってみることが必要だったのかもしれない。
本作のカミーロは死に囚われている。死というものが怖い怖いと言いつつ、結局は自分で死を呼び込んでしまうことになる。北野武が『ソナチネ』で言うところの、「あんまり死ぬの怖がるとな、死にたくなっちゃうんだよ」といったところだろうか。
100歳を越えても映画を撮り続けたオリヴェイラも、80代ではまだ死に対して楽観的には成り切れてなかったということだろうか。もしかすると本作を撮ることで、死に対しての恐怖というものを克服したということなのかもしれない。そんなことを感じた77分だった。
ゴールデンウィークに加えてサービスデーということもあって、その日のル・シネマは「ほぼ満席」だった。ほかにもっと楽しいことだってありそうなものなのに、映画ファンというのは“物好き”が多いものだ。最初からあまり面白そうには思えなくても、ついつい劇場までそのことを確認しに行かなければ気が済まないところがあるようなのだ。
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