パレスチナ人とユダヤ人の4人による共同監督作。
米・アカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞にノミネートされている。
物語
ヨルダン川西岸地区のマサーフェル・ヤッタで生まれ育ったパレスチナ人の青年バーセルは、イスラエル軍の占領が進み、村人たちの家々が壊されていく故郷の様子を幼い頃からカメラに記録し、世界に発信していた。そんな彼のもとにイスラエル人ジャーナリスト、ユヴァルが訪れる。非人道的で暴力的な自国政府の行いに心を痛めていた彼は、バーセルの活動に協力しようと、危険を冒してこの村にやってきたのだった。
同じ想いで行動を共にし、少しずつ互いの境遇や気持ちを語り合ううちに、同じ年齢である2人の間には思いがけず友情が芽生えていく。しかしその間にも、軍の破壊行為は過激さを増し、彼らがカメラに収める映像にも、徐々に痛ましい犠牲者の姿が増えていくのだった―。
(公式サイトより抜粋)
2023年10月まで
公式サイトの記載によれば、本作は2023年10月までの4年間のパレスチナを描いたドキュメンタリーということになっている。なぜここで終わっているのかと言えば、2023年10月7日にそれまでとは状況が変わったからということなのかもしれない。
10月7日、パレスチナ暫定自治区のガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが突如、イスラエルへの攻撃を開始。イスラエル側も激しい空爆で応酬し、双方の死者は1週間あまりで4000人を超えています。(15日時点)
「NHK 国際ニュースナビ」より抜粋
これによってイスラエルとパレスチナは戦争状態に陥り、パレスチナの現状を世界に向けて訴えるためにも、この段階で作品をまとめる必要が生じたということなのだろう(その後の2025年1月19日に6週間の停戦合意がなされたものの、未だに予断を許さない状況らしい)。もしかするとカメラを回しているような状況ではなくなってしまったということなのかもしれない。
ただ、『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』を観ると、それ以前から似たようなことは生じていたとも言える。パレスチナの人たちが自分の土地から追い出されることになるという状況は、本作によって記録されている4年間も続いていたし、さらに遡ればもっと前から続いていたのだ。
本作は、私のような国際政治に疎いもの対して親切とは言えず、パレスチナの状況を詳しく説明してくれるような作品ではないので、ネットで付け焼き刃的に調べたことを追記しておけば、パレスチナ暫定自治区と呼ばれる場所は「ガザ地区」と、「ヨルダン川西岸」とに分かれるらしい。
よく話題になる「ガザ地区」は軍事的に包囲されて、人やモノの移動も厳しく制限されている牢獄のような場所になっている。もう一方の「ヨルダン川西岸」は、完全に自由というわけではないけれど、イスラエルからの物資が入ってくるし、まったく行き来できない場所ではないらしい。それでも「ヨルダン川西岸」には入植地という問題があるということらしい。
本作で描かれているのは、「ヨルダン川西岸」にある<マサーフェル・ヤッタ>という小さな村の姿になっている。

©2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
パレスチナの現実を映す
『ノー・アザー・ランド』は、パレスチナの青年バーセル・アドラーの視点から始まる。彼は自分の父親のことを“活動家”と呼んでいたけれど、これはすでに彼の父親の時代からイスラエル軍がいつも近くに居て、バーセルの父親のような住民の一部はそれに抵抗していたということを示している。
そしてある日、バーセルの家にイスラエル軍がやってきて、家を明け渡すことを要求する。それに対して抵抗することを試みた者は銃で撃たれてしまうことになる(この男性はしばらくして亡くなってしまう)。それでもイスラエルの側が罪に問われることはないのだ。
バーセルたち一家は結局は泣く泣く家財道具一式を洞窟の中に運び込んで、そこで暮らすことになる。何の理由もなし(「違法建築だから」などと一応は説明したりもするけれど)、今まで住んでいた土地を追われることになってしまうのだ。これが「ヨルダン川西岸」の入植地という問題ということになる。
イスラエル側のやり方はなかなか執拗で、家をブルドーザーで壊すだけでなく、井戸にはセメントを流し込み、ライフラインを絶ってそこに住めなくしてしまう。住民たちが諦めてその土地を去ることを待っているのだ。
バーセルたちの家系はすでに100年以上も前からそこに住んでいるし、パレスチナ人自体はもっと以前からそこに住んでいる。にもかかわらず、理不尽にもイスラエル側はパレスチナ人を追い出すことになる。そして、そこにはユダヤ人入植者たちが入ってくることになるのだ。
バーセルはイスラエル軍の非道なやり方をSNSを通して動画などで公開している。それに賛同したユダヤ人のユヴァル・アブラハームも加わり、抗議運動の様子を撮影するなどして、世界にパレスチナの状況を訴えることになるのだが……。

©2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA
それを正当化できるのか
改めて言うけれど、本作はパレスチナの現実をそのまま映したドキュメンタリーだ。緊迫した場面に肉薄するカメラは、時にあさっての方向を向いていたり、決定的な場面を撮り損ねたりもしているけれど、銃で撃たれることが普通に起きるような場所ではカメラを向けること自体も命懸けだからなのだろう。
本作では、バーセルとユヴァルを含むパレスチナ人とユダヤ人の4人が共同の監督となっているけれど、これはそれぞれが撮影した映像をつなぎ合わせてできた映画ということなのかもしれない。
劇中では、パレスチナ人の男性が撃たれるシーンを遠巻きに捉えたりする場面もある。信じがたいことだけれど、こんなことが起きてしまうのがパレスチナ自治区の現状なのだ。
本作はパレスチナ寄りの作品だ。イスラエル側がバーセルたち一家にしていることを見れば、誰だってイスラエルに対して怒りを覚えることになるだろう。ユダヤ人の中でもユヴァルのようにイスラエル政府に対して否定的な人もいるけれど、イスラエル軍の当事者とか入植者たちがどんな思いでパレスチナの土地を奪うことを正当化しているのかは見えてこない気もした。イスラエル軍の責任者は「決まったことだから」としか説明しないからだ。
そもそも『ノー・アザー・ランド』に興味を持ったのは、『ブルータリスト』を観たからでもある。たまたまなのか配給会社が意識的に設定したのかはわからないけれど、この二つの作品は同じ日に公開日を迎えている。しかしながら、立場的にはまったく正反対とも言える。
『ブルータリスト』はアメリカに渡ったユダヤ人の話であり、主人公は最後にアメリカを逃れてイスラエルへとたどり着くことになる。ユダヤ人の主人公はヨーロッパで迫害を受け、戦後にアメリカに流れ着いたものの、そこでも歓迎されているとは言えず、最終的にはイスラエルへと向かうことになるのだ。
この展開からすると、『ブルータリスト』は迫害されたユダヤ人がイスラエルへと向かうことに積極的に理解を示しているように見えなくもない。コーベット監督がどういうつもりで『ブルータリスト』を製作したのかはわからない部分があるけれど、誤解を生みそうなところがあることは確かだろう(コーベット監督は『ノー・アザー・ランド』を推しているようだから、ラストに別の意味を込めている可能性もある)。
要は、ユダヤ人迫害という歴史と、イスラエルの建国をむすびつけてしまうのはマズいということだろう。ユダヤ人迫害の歴史には同情を覚えるけれど、かといってパレスチナの地に長年住んでいるバーセルのような人たちを追い払うことをどうして正当化できるのかということだ。ユダヤ人は確かに2000年以上も前に、そこに祖先が住んでいたのだろう。そのことがイスラエル建国の理由として誰もが納得するような説得力を持っているとは思えないのだが、歴史上ではそういうことが起きてしまったということなのだ。
ユダヤ教正統派の人々は「シオニズムはユダヤ教ではありません。イスラエルはユダヤ人国家ではありません。」などとも言っているらしい。ユダヤ人も一枚岩ではないということなのだろう。
「反シオニズムは反ユダヤ主義ではありません。シオニズムに反対することは決して反ユダヤ主義ではありません。イスラエルを批判することは決して反ユダヤ主義ではありません。シオニズムはユダヤ教ではありません。イスラエルはユダヤ人国家ではありません。」ユダヤ教正統派の人々の主張です。 https://t.co/hlHFJrRJ5j
— 内田樹 (@levinassien) December 6, 2023
もう一度『ノー・アザー・ランド』に戻れば、パレスチナ人のバーセルとユダヤ人のユヴァルはパレスチナで起きていることに困惑し打ちひしがれている。最後も二人で頭を抱えるような形で終わってしまったけれど、現実を変えたいけれど、どうすればいいのかはまったく見えてこないからこそ、そんなふうに頭を抱えるほかないということなのだろう。






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