監督・脚本はミヒール・ブランシャールというベルギーの人。本作は長編デビュー作。
ベルギーのアカデミー賞とされるマグリット賞では4部門を受賞(最優秀作品賞、最優秀長編作品初監督賞、最優秀脚本賞、最優秀監督賞)した。
特別出演として『動物界』のロマン・デュリスが顔を出している。
物語
毎夜、日々の生計を立てるため、ブリュッセルで鍵屋として働く青年マディは、ある晩、クレールと名乗る若い女性から部屋の鍵を開けてほしいと依頼され、共にアパートへ向かう。難なくドアを開錠し、部屋で支払いを待つマディに現金を下ろしに行ったクレールから「部屋を出て」と電話が掛かる。そこへ現れた男に突然襲われるマディ。その部屋の住人も、持ち去ったバッグも彼女のものではなく、マフィアのヤニックのものだったのだ。マディは逃走をはかるがヤニックに捕まり、自身の無実を証明するために取引をする羽目になる。マディに与えられた時間は朝までの数時間、それまでにクレールとバッグを見つけなければならない。捜索するブリュッセルの夜の街ではちょうど、“ブラック・ライヴズ・マター”(BLM)のデモが激化しており、警察と市民の衝突がいたるところで起きていた。混乱の中、街は静かに、だが確実に、彼を“犯罪者”に仕立てていく。彼にとって最も危険だったのは、銃でも暴力でもなく、人を信じることだった・・・
(公式サイトより抜粋)
巻き込まれ型サスペンス
単純に面白かった。ヒッチコック的な巻き込まれ型のサスペンスで、90分を一気に駆け抜けるのだ。「一難去ってまた一難」といった感じで、次々に主人公を困難が襲うことになり飽きさせないし、アクションは派手さはないけれどテンポよく展開していくために、誰もが楽しめるエンタメ作品になっている。
主人公のマディ(ジョナサン・フェルトレ)は黒人青年だ。鍵屋として夜通し働いて生計を立てているらしい。ある夜、クレール(ナターシャ・クリエフ)という女性から仕事の依頼があり、彼女の部屋の鍵を開けることになるのだが、どうもクレールの話はあやしいところがある。
マディもその点は気になったものの、部屋の中の様子を知っているようでもあり、鍵を開けてしまうことになる。ところがクレールは銀行で金を下ろしてくると言い残したまま消えてしまう。マディはまんまと騙されたのだ。
クレールが消え、彼女の部屋とされた場所に、ある男が現れる。彼はマディの姿を見ると、突然、襲いかかってくる。命の危険を感じたマディは抵抗しているうちに、その男を殺してしまうことになる。
マディがやったことは正当防衛になるだろう。マディは一度は警察に電話をしようとするのだが、テレビではデモ隊として警察に立ち向かった黒人たちが取り押さえられる様子が流れている。その様子を見たマディは証拠を消して逃げようとするものの、運悪く殺した男の仲間たちがやってきて捕えられてしまう。

©2024 – DAYLIGHT INVEST – FORMOSA PRODUCTIONS – QUAD FAM – GAUMONT – FRANCE 3 CINEMA – A PRIVATE VIEW – RTL BELGIUM – VOO
絶体絶命のピンチ
マディは裏社会のトラブルに巻き込まれてしまったのだ。マフィアのボスであるヤニックを演じているのがロマン・デュリスだ。彼はマディのことを調べ、冷静に話を進める。ヤニックもどうやらマディが単なる鍵屋で、ほかに真犯人がいることは理解する。それでも、もし朝までに女と金が見つからなければ、マディの命も危うくなるのだ。
ヤニックは強面ではないけれど、やるべきことはやる。彼のやり方はビニールテープを使う方法だ。ビニールテープで顔をぐるぐる巻きにするだけなのだ。しかし、かなりきつくテープを巻いているから、口はもとより鼻も閉じられてしまい、まったく息を吸えない状況に追い込まれることになってしまう。ビニールテープだけで簡単に人を殺せるなら、これほど簡単なことはない。ヤニックの笑顔が何やら恐ろしいものに見えてくる。
マディはクレールを捜しに、ヤニックの手下たちと夜のブリュッセルの街へと出かけることになる。ところが真犯人は意外なところにいて、マディはますます危機に陥ることになるのだが……。

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手際いいアクション
マディは何度も絶体絶命のピンチに陥る。それでもそんなピンチを何とかくぐり抜けていくことになる。時に、ほとんど破れかぶれな突破の仕方もあったりする。
“ブラック・ライヴズ・マター”のデモもうまく使っている。その中では黒人は守られ、追手の白人は敵みたいなものになるからだ。そして、“ブラック・ライヴズ・マター”のデモが起きてしまうような状況がベルギーにもあるからこそ、マディは警察に駆け込むことができなかったというわけだ。
とにかくマディは朝まで逃げ続けなければならず、そんなアクションを手際よく見せていく。逃走経路として上下移動をうまく活用しているところもうまかったし、自転車で走り出して、そのまま地下鉄に乗り込んでいくというアクションが見事だった。
マディは追手から自転車で逃げ出し、改札も走り抜け、エスカレーターもそのまま駆け下りて、自転車を乗り捨てて電車に飛び乗ることになるのだが、その一連の動きをドローンカメラでワンカットで捉えているのだ。ラスト近くのカーチェイスでもこのドローン撮影がとても効いていたと思う。
ミヒール・ブランシャールはこうした手腕が評価され、次回作はハリウッドからお声がかかっている。『ファイナル・デスティネーション』の第7作目の監督候補として挙げられているのだとか。確かにハリウッドが欲しがりそうな監督かもしれない。

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佳作続きのベルギー映画
このミヒール・ブランシャールはベルギー人だが、最近は気になるベルギー映画がいくつも日本で公開されているような気がしないでもない。ベルギーでどれほど映画が製作されているのかはよく知らないけれど、これは何か理由があるのだろうか?
たとえば最近の『ジュリーは沈黙したままで』や、ちょっと前の『Playground/校庭』という作品もベルギー映画だった。さらに去年はバス・ドゥボス作品の『ゴースト・トロピック』と『Here』が公開されていて、この2作品はどちらもとても素晴らしかった。
ほかにもマニアックな人たちの間では、シャンタル・アルケマンという女性監督が盛んに再評価されたりしてもいたようだ。1975年に製作された『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』という3時間以上もある作品が素晴らしいという噂になっていたりもした(確かに素晴らしかったと思う)。
もちろんベルギーの映画監督として筆頭に挙げられるのはダルデンヌ兄弟だと思うし、特に『ロゼッタ』は大好きな作品だったりもする。おまけに付け加えておけば、ジャコ・ヴァン・ドルマルの『トト・ザ・ヒーロー』も忘れがたいという気がする。
ベルギーという国はヨーロッパにある小国といったイメージしかなかったのだけれど、実は意外にも映画大国なのかもしれない。ミヒール・ブランシャールはベルギーのほかの監督たちとは毛色が異なる気がするけれど、ベルギー映画には注目すべきなのかもしれない。








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