『オークション~盗まれたエゴン・シーレ』 慎ましさの美徳

外国映画

監督・脚本は『華麗なるアリバイ』などのパスカル・ボニゼール。ジャック・リヴェットの脚本家として『美しき諍い女』などの脚本を担当していた人とのこと。

主演は『VORTEX ヴォルテックス』などのアレックス・リュッツ

原題は「Le tableau vole」。

物語

パリのオークション・ハウスで働く有能な競売人(オークショニア)、アンドレ・マッソンは、エゴン・シーレと思われる絵画の鑑定依頼を受ける。シーレほどの著名な作家の絵画はここ30年程、市場に出ていない。当初は贋作と疑ったアンドレだが、念のため、元妻で相棒のベルティナと共に、絵が見つかったフランス東部の工業都市ミュルーズを訪れる。絵があるのは化学工場で夜勤労働者として働く青年マルタンが父亡き後、母親とふたりで暮らす家だった。現物を見た2人は驚き、笑い出す。それは間違いなくシーレの傑作だったのだ。思いがけなく見つかったエゴン・シーレの絵画を巡って、さまざまな思惑を秘めたドラマが動き出す…

(公式サイトより抜粋)

盗まれた絵画を巡って

本作はエゴン・シーレの絵画を巡る実話がもとになっているとのこと。美術業界や競売(オークション)というものについては何も知らないけれど、本作ではそういう世界に棲息するちょっと癖のある人たちが登場人物となっている。

有名な絵画などが競売にかけられると、とんでもない額の金が動くことになる。巨額の金が動くところでは人間の尽きない欲望が露わになるわけで、『オークション~盗まれたエゴン・シーレ』もそんなどす黒い欲望の世界を舞台にしている。ところがそれにも関わらず、なぜかとてもいい話にまとまっているし、語りのテンポもよくて意外な掘り出し物という気もする。

主人公のアンドレ(アレックス・リュッツ)は競売人(オークショニア)だ。高級な車を乗り回し、オーダーメードのスーツに身を固めた富裕層ということになる。冒頭から強調されているのは、この業界に巣食う人たちの鼻持ちならない感じと言えるかもしれない。

客のおばさんは自らの差別意識を隠そうとすることもないし、アンドレは客に対しては媚びを売るけれど、部下オロール(ルイーズ・シュヴィヨットィ)に対する態度は尊大なものがあって、オロールは彼を嫌っている。ただ、そのオロール自身も虚言癖があるのか、息をするように嘘ばかり吐いている。そんな癖のある登場人物たちが織り成す物語がなぜかいい話にまとまってしまうのが本作の面白いところだ。

©2023-SBS PRODUCTIONS

鑑定家と競売人

アンドレは自分の仕事に自信を持っていると同時に、競売人の仕事を卑下するような言い方もする。競売人の仕事は結局は客引きでしかないというのだ。アンドレは彼の仕事は鑑定家とは異なると語る。鑑定家の判断というのは、その美術品の価値を決めることになる。鑑定家が示す判断をほかの人も信じることになるからだ。

それに対して競売人というのは、美術品の価値を見抜く目は持っていても、彼らの至上命題は客のためにそれを高く売ることだ。そのためには何でもするのが競売人であり、彼はそれを“娼婦”にもたとえることになるのだ。この比喩が正しいかどうかはともかくとして、彼自身は自分の仕事を卑しいものと感じている部分があるのかもしれない。

そんなアンドレにエゴン・シーレの「ひまわり」が見つかったという連絡が入る。しかもその「ひまわり」は贋作ではなく、紛れもない本物だということも判明する。アンドレは「ひまわり」の持ち主であるマルタン(アルカディ・ラデフ)のことを“夜勤労働者”という呼び方をしている。自分たちの世界とは縁のない別世界の人間という意識があるからなのだろう。

多分、アンドレは貧しい境遇のマルタンのことを助けてやりたいなどという意識はなかっただろう。ただ、彼は自分の仕事そのものに対しては忠実で、エゴン・シーレの絵画を高く売るということだけを考えていたのだ。アンドレは自分の仕事の領分をわきまえていて、その限界というものも知っていたからこそ、それ以上のことは考えもしなかっただけなのだろう。

©2023-SBS PRODUCTIONS

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降って湧いた幸福

ところがこの一連の出来事には様々な人が絡んでくる。主人公アンドレの相棒としては、元妻のベルディナ(レア・ドリュッケール)が関わってくる。マルタン青年が援助を求めた弁護士(ノラ・ハムザウィ)もいる。そして、その絵画の本来の持ち主であるユダヤ人の家族がいる。次いで、そのユダヤ人たちを騙そうとして横槍を入れてくる勢力も垣間見える。さらにはその詐欺行為を見破ることになるオロールもいる。

もとになった事実がこの通りだったのかもしれないけれど、それぞれの登場人物が好き勝手な行動をしているように見えるのだが、それがうまく転がる形になり、いつの間にかアンドレがマルタンを助けた形になるのだ。

純朴そのものの青年マルタンが、くだんの絵画が自分の手元に渡ることになった経緯(ナチス・ドイツが略奪したものだった)を知ると、その権利を放棄すると言い出すのはわからないでもない。それでも元の権利者であるユダヤ人が、たとえば『ヴェニスの商人』にあるような強欲なユダヤ人とはまったく異なる行動をすることになるのはちょっと意外だった気がする。

さらには、そのユダヤ人を騙そうという裏工作をオロールが見破り、一時はケンカ別れして離れていたはずのアンドレに味方することになることも、運良く偶然が重なったということなのかもしれない。

©2023-SBS PRODUCTIONS

もしもハリウッドが本作を映画化したとするならば、まったく別物になったんじゃないだろうか。アンドレという主人公がマルタンを助けるために奮闘することになり、もっとハラハラドキドキの展開にしただろうし、競売の場面もドラマチックな演出をしたんじゃないだろうか。本作は良くも悪くもそうしたスタイルとは異なっていて、一切の過剰な演出というものがなくさらりと描かれていて、それが別の魅力を生み出しているような気もする。

さらには降って湧いたような幸運にも関わらず、マルタンは最後まで自分を見失うことなく“夜勤労働者”の仕事を続けていくことになる。“夜勤労働者”の仲間たちは、宝くじに希望を見出していたり、マルタンが持っていた絵画の価値を知ると理性を失ったような行動をしてしまうのとは対照的だ。このマルタンの慎ましさというものが本作を後味いいものにしている。

それからオロールの義理の(?)父親の言葉が名言だった。人生とは「我慢と妥協と下方修正」だというのだ。奇跡のような幸運が転がり込んでくる話なのに、それを戒めるような慎ましさがあるのだ。

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