『けものがいる』 一体、どんな話?

外国映画

監督は『メゾン ある娼館の記憶』ベルトラン・ボネロ

主演は『それでも私は生きていく』レア・セドゥ

原題は「La bete」。

物語

AIが国家の社会システム全般を管理し、人間の感情が不要と見なされている2044年のパリ。孤独な女性ガブリエル(レア・セドゥ)は有意義な職に就きたいと望んでいるが、それを叶えるにはDNAの浄化によって〈感情の消去〉をするセッションを受けなくてはならない。

(公式サイトより抜粋)

一体、どんな話?

かなり奇妙な話だった。正直、何が描かれているのか最後までよくわからないとも言える。

一応、公式サイトにはそれなりの説明が書かれているけれど、実際に映画を観ると、そんなふうには見えなかったりもする。そのくらい抽象度が高くて、人によっては『けものがいる』を愛の話だと思う人もいるのかもしれないし、人によっては全然別のものを読み取ることになるのかもしれない。

とにかく基点となる時代があり、それが2044年のパリだ。そこから2つの時代へと話が飛んでいくことになる。それが1910年のパリと、2014年のロサンゼルスということらしい。設定としては、2044年では「人間の感情が不要と見なされている」から、なぜか前世の夢みたいなものを体験しろということらしい。

それによってなぜ感情がなくなることになるのかはよくわからないし、そもそも転生というものが前提になっていること自体に説明もない。しかもこの映画では転生しても、主人公ガブリエル(レア・セドゥ)はずっとガブリエルであり続けることになる。一体どういう設定なのかは最後までさっぱりわからないのだ。

本作には原作があるのだそうで、それはヘンリー・ジェームズの中編「密林の獣」というものらしい。実はほとんど同じ時期にパトリック・チハという監督の『ジャングルのけもの』という作品があり、これも同じ原作を映画化したものらしい。この『ジャングルのけもの』は原作に忠実らしい。一方で本作はそこから大胆に翻案しているとのこと。もしかすると企画が被ってしまったから、似たようなものになることを避けるために意図して原作からズラしたのだろうか?

©Carole Bethuel

3つの時代を描く

映像的にはちょっと凝っていて、2044年はスタンダードサイズで、2019年は35mmフィルムで撮られ、2014年はスマホ画質というように、差異化されている。2014年はスマホでの動画投稿などが行われている今と変わらぬ世界で、2019年はクラシカルなコスチュームプレイが楽しめる。

2044年はまだ見ぬ近未来世界で、ここではAIがすべてを仕切っているらしい。人の姿はまばらで、なぜか人が外を歩く時には顔が見えないようにフェイスガードみたいなものを被っている。

『けものがいる』は2044年を基点として、前半部では2019年の話が描かれ、後半になると2014年の話になる。ただ、前半も後半も、それぞれ基点の2044年の話が挟まれてくることになる。

全体を整理すると上記のようになるということなのだと思うのだが、多分、2044年の世界のどこかに存在しているということなのだと思うのだが、「時の狭間」みたいな場所がある。そこではある時代の音楽だけを流して、みんながダンスを踊っていたりする。未来世界のストレス解消の場ということなんだろうか?

最初に出てくるのが1972年の音楽だけを流している場所で、その後には記憶が曖昧だが1985年だとか、1963年など、特定の時代の音楽だけが流れている場所もある。3つの時代の合い間に、こんな妙な世界も挟まれてくるから余計に混乱させるのかもしれない。

特に異様だったのが、1972年の世界で、日本語の曲であるアダモの「雪が降る」が流される場面だ。本作はパリとロサンゼルスを舞台にしているわけで、フランス語と英語が使われている。その会話の中に急に日本語の曲が流れ出すと、バックグラウンド・ミュージックとして流されているはずの曲の日本語のほうばかりに意識が集中してしまい、主人公の台詞などが全然頭に入ってこないという奇妙な事態が発生することになる。

そんなわけでわからないことだらけの映画ではあるけれど、奇妙な面白さを感じなくもない作品だったとも言える。

©Carole Bethuel

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女の恐れと男の恐れ?

本作は大きく分けると前半と後半に分かれることになる。基本はガブリエルが主人公なのだけれど、後半になると視点が変わったようにも感じられた。

前半は1910年が舞台だ。ここではある種の三角関係が描かれる。ガブリエルは愛する夫がいるにもかかわらず、イギリスからやってきたルイ(ジョージ・マッケイ)という青年のことが気にかかっている。彼とは6年前に会ったのだという。二人は惹かれ合っているけれど、ガブリエルがその関係を躊躇している形になっている(個人的にはこの1910年のエピソードがもったいぶっていて退屈に感じた)。

ガブリエルはルイに奇妙な話をしたらしい。なぜかそのことをガブリエルは忘れてしまっている。ふたりの会話の中心には、ある種の“恐れ”があるらしい。ガブリエルが恐れているのは、何かしらの「悲劇的な結末」ということになる。

それから二人は関係を前に進めようとしたのか、ガブリエルは夫に別れの手紙を書いていたらしい。ところがそうした後で二人はある出来事に巻き込まれてしまう。これは実際にあった出来事らしいのだが、1910年にはセーヌ川が氾濫し大変な被害があったようだ。二人はこの出来事に巻き込まれた形で亡くなってしまうことになる。ガブリエルが恐れていた「悲劇的な結末」は実現した形になったということになる。

以降は後半となるわけだが、2014年で描かれるエピソードも「2014年アイラビスタ銃乱射事件」という、実際の事件をモデルとしている。

2014年ではガブリエルは独身で、モデルや女優の仕事をしている。一方でルイは自分がモテないことを苦にした男になっている。いわゆるインセルと呼ばれる類いの男ということになる。ルイは自分のことを動画配信で自虐的に描いている。そんなルイがガブリエルをターゲットにして事件を起こそうとするというのが後半の話だ。

前半部は女性であるガブリエルの「悲劇的な結末」への“恐れ”が描かれたわけだけれど、後半では男性であるルイはまったく正反対のものを恐れているようにも見える。なぜかルイは夢の中だけでしか女性とセックスできないと感じているらしく、最終的には、思い詰めたのか自分ですべてを終わりにしようと考えたらしい。

ところがガブリエルはルイのことを受け入れようと考えたらしい。そうなるとモテないことを苦にしていたルイは、その苦が取り除かれることになるわけなのだが、どうもルイはそんなふうに自分が望んでいた幸福が実現してしまうことのほうを恐れているらしいのだ。しかしそのことによって逆に、「悲劇的な結末」を呼び込んでしまうことになる。

女と男では恐れるものが異なるということなのだろうか? そのあたりはよくわからないし、このセッションがなぜ感情の消去に役に立つのかもまったくわからない。しかもガブリエルは結局このセッションによって失敗した非常に珍しい例なのだとか。結局、最後まで何だかよくわからない映画になっている。

©Carole Bethuel

世界初のエンドロール

よくわからなかったことはほかにもあって、冒頭のグリーンバック撮影のエピソードだ。そこでは女優であるガブリエルが獣を恐れる場面を撮影している。実際にその映像は2014年の場面で使われることになるけれど、ガブリエルが体験しているのは2044年を基点とした夢みたいなものではなかったんだろうか。その夢の映像を2014年のガブリエルが撮影したということなのか? とにかく整合性があるのかどうなのかも、一度観ただけではよくわからないことだらけということになる。

それから2019年と2014年には、それぞれ予言者みたいな女性が出てくるし、鳩や人形もどちらにも登場することになる。最終的に“けもの”とは一体何なのかということも曖昧なままだ。人間も感情を消去することで“けもの”を卒業してAIのような有用な存在になれるということなのだろうか?

2044年の場面では、仏教の話がちょっとだけ出てくる。ヨーガの技法で感情を消去するみたいなことが語られていたのだと思う。実際のこの場面は、レア・セドゥが水着のような恰好でなまめかしい動きをして観客を刺激しているようにも思える。というか、本作のレア・セドゥはやたらと胸を強調した衣装を着ている。何と言うか、欲望を刺激するような恰好をしているのだ。

仏教は「感情を消去」とは言わずに、「欲望を消去」という言い方なのだと思うけれど、それによって実現するのがAIのような無味乾燥な存在ということになるのかもしれない。とはいえ、本作に登場するAIは黒人女性の姿(『サントメール』の主演女優)をしていて、ガブリエルに欲望を抱いているようにも見え、AIも人間味みたいなものを備えつつあるのかもしれないけれど……。

本作のエンドロールでは、QRコードが映されるだけであっという間に終わる。観たい人はQRコードを読み取って、勝手にスタッフの名前などを確認しろということらしい。初めてそんなシステムに出会ったので驚いたのだが、すぐにスマホを起動できない人がほとんどなんじゃないだろうか。とはいえ、劇場ロビーにそのQRコードが掲示されているから問題はなかったけれど……。

実際にエンドロールを確認すると、全部で8分以上の映像が流れる。その中にはオマケ的なエピソードも含まれている。時短ということが盛んに言われる時代だけに、そんなのもアリなのかもしれない。エンドロールがなくても上映時間は146分と結構長めなのだから。

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