『きれっぱしの愛』 エッセイ風家族フィルム

外国映画

監督・脚本・撮影は『ゴッドランド/GODLAND』フリーヌル・パルマソン

原題は「Ástin Sem Eftir Er」で、英語のタイトルは「The Love That Remains」となっている。

物語

北欧・アイスランドの田舎町。芸術家のアンナは、しっかり者の長女イダ、わんぱくでいたずら好きな双子グリムールとソルギス、そして愛犬パンダと暮らしながら、芸術家としての道を模索していた。若くして結婚したものの、今や<もう夫婦ではなくなった>はずの元夫マグヌスは、いまだに情を断ち切れず、何かと理由をつけては家を訪ね、食卓を囲み、ピクニックにまで付き合う始末。気がつけば、まるで<まだ家族>であるかのような日常を再び送るようになるが――。

(公式サイトより抜粋)

エッセイ風家族フィルム

前作の『ゴッドランド/GODLAND』は丁寧に作り込まれたフィクションになっていたけれど、『きれっぱしの愛』家族の日常を切り取ったドキュメンタリーのようでもあり、エッセイのような趣きの作品になっている。

断片的なエピソードが並べられているといった印象でもあり、「面白いか?」と問われればそうとは言い難い気もするけれど、子供たちの笑顔はかわいくて癒されるところがある作品になっている。

主人公は売れない芸術家のアンナ(サーガ・ガルザルスドッティル)だろうか。そして、離婚した元夫のマグヌス(スベリル・グドナソン)も、なぜか家にしょっちゅう顔を出している。この二人を演じているのは役者さんだけれど、その子供たちと愛犬はフリーヌル・パルマソン監督の実の家族ということらしい。長女のイダと双子の息子たち、加えて愛犬のパンダだ。

さらにフリーヌル・パルマソンは撮影もこなしているということで、父親が子供たちにカメラを向けているということになるわけで、家族フィルムみたいな雰囲気がある。

たしか長女のイダは『ゴッドランド』にも顔を出していたはずだ。馬に乗った写真を撮られていた女の子が彼女だろう。子供たちは映画に出演しているといった意識はなさそうで、ごくごく自然に振舞っていてとてもいい表情を見せてくれる。そういうところを楽しむ作品なのだ。

ⓒ STILL VIVID, SNOWGLOBE, HOBAB, MANEKI FILMS, FILM I VÄST, ARTE FRANCE CINEMA

きれっぱしとは?

原題にしても英語版のタイトルにしても「残された愛」という意味になっている。それに対して邦題は「きれっぱしの愛」だ。これはエピソードが断片的という映画の中身を反映しているということなのだろう。

冒頭では何もない家の様子が捉えられる。しばらくするとその家の屋根がまるごと一気に剥がされ、隙間から空が見えることになる。この家が誰のものなのかもわからないし、その後に登場することもない。そんな断片的なエピソードの連なりの中、家族の関係も描かれていく。

アンアとマグヌスの関係には微妙なものがある。多分、アンナとしては自分の仕事である芸術のほうで頭がいっぱいで、特にマグヌスのことは必要としていないのかもしれない。マギーと呼ばれているマグヌスは、離婚した今も家に出入りしていて、子供たちもそれが自然と感じている。それでもマギーは普段は漁に出ていて家を空けることも多かったのだろう。その家ではマギーの存在は、居ても居なくてもあまり変わらないということらしい。

ⓒ STILL VIVID, SNOWGLOBE, HOBAB, MANEKI FILMS, FILM I VÄST, ARTE FRANCE CINEMA

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マギーとしてはアンナとヨリを戻したいようで、アンナに身体の関係を求めたりはしているものの、彼女は子供たちが混乱するからと彼を突き放すことになる。実は子供たちだけのシーンでは、子供たちは結構大人びている。まだ小学生くらいなのに(?)、セックスを話題にして大笑いしているくらいで、両親の関係も理解しているらしい。

アンヌが雄鶏が邪魔だと言い出すのは、周囲に色々とちょっかいを出したりする雄鶏とマギーの姿が重ねられているということっぽい。マギーは子供たちにも小言を言うような男性的で古臭いところがあるのだ。

マギーはアンヌの要望通り雄鶏を始末することになるけれど、その後に今度は娘のイダから散々説教されて謝ることになる。雄鶏と同じでマギーも邪魔扱いされているのだ。

家に居てもアンヌから追い出しを喰らうことになるし、海の上の狭い船室でひとりでビールか何かを煽るマギーの姿はちょっと侘しさを感じさせる。加えて、デカい雄鶏に襲われるという悪夢にうなされることになり、「男はつらいよ」というところだろうか。

ⓒ STILL VIVID, SNOWGLOBE, HOBAB, MANEKI FILMS, FILM I VÄST, ARTE FRANCE CINEMA

時の流れ

『ゴッドランド』でもタイムラプスで馬が死んでから土に還っていくところを撮っていたけれど、本作も似たようなことをやっている。小さかったひよこが次第に大きくなって鶏になり、それが死ぬところまでを短縮して描いているのだ。

それから子供たちが海の見える崖の上に作ったカカシのようなものに、矢を打ち込む場面がよかった。この場面は背景がコロコロ変わっていく。長い時間をかけて矢を打ち込むところを何度も撮影し、それを一気に見せてくれるのだ。『スモーク』(ウェイン・ワン監督)では、ニューヨークの街角を毎日撮った連続写真が出てきたけれど、あんな感じだ。

フリーヌル・パルマソンという監督は時の流れを描くのが好きなのだろう。ただ、こうしたシーンが何の意味があるのかはよくわからないけれど……。

カカシは何度も矢を打ち込まれぐったりしていたけれど、それが突如動き始めるという話もある。ドキュメンタリーのような撮り方ではあるけれど、突如として幻想が入り込んでくるところがちょっと面白い。

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