『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』 やっぱり映画が好き

外国映画

監督・脚本はチャンドラー・レヴァックで、本作は長編としてはデビュー作品ということ。

バンクーバー映画批評家協会賞では最優秀カナダ映画賞など4部門を受賞した。

主演はラッパーとしても活動するアイザイア・レティネン

物語

カナダの田舎町で暮らすローレンスは映画が生きがいの高校生。社交性がなく周囲の人々とうまく付き合えない彼の願いは、ニューヨーク大学でトッド・ソロンズから映画を学ぶこと。唯一の友達マットと毎日つるみながらも、大学で生活を一新することを夢見ている。ローレンスは高額な学費を貯めるため、地元のビデオ店「Sequels」でアルバイトを始め、そこで、かつて女優を目指していた店長アラナなどさまざまな人と出会い、不思議な友情を育む。しかし、ローレンスは自分の将来に対する不安から、大事な人を決定的に傷つけてしまい……。

(公式サイトより抜粋)

やっぱり映画が好き

『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』の上映前には、アルノー・デプレシャン監督の最新作『映画を愛する君へ』の予告編が含まれていた。この作品はアルノー・デプレシャン版の『ニュー・シネマ・パラダイス』とでも言うべき作品ということらしい。

映画監督になるくらいの人は当然ながら映画が好きなわけで、「自分と映画との出会い」みたいなものを描いた作品を一度くらいは撮りたくなるのはよくわかるし、そういう作品は映画ファンにもウケるだろう。

『I Like Movies』もそんな作品なのかと思っていた。というのも、まさに「映画が好き」ということをそのままタイトルにしているくらいなのだから。それでも本作を実際に観てみると、予想とは違っていたかもしれない。

確かに主人公のローレンス(アイザイア・レティネン)は映画が好きで、それがないと生きていけないとも語っている。ローレンスが好きな監督は、キューブリックポール・トーマス・アンダーソンなどで、いかにもシネフィルと呼ばれそうな趣味と言える。彼はまだ高校生で、卒業したらニューヨーク大学の映画学科に進み、トッド・ソロンズから映画を学びたいと考えているらしい。

ただ、本作は真っ当な映画愛が語られるというよりは、ローレンスという青年のこじららせぶりを自虐的に描いていく作品なのだ(本作は監督の自伝的要素が大きいらしい)。彼は映画オタクにも関わらず、自己肯定感が強くて、周囲を見下しているような、ちょっと勘違いした「イタい」青年なのだ。

この言い方はちょっと問題なのだろうか? 「映画オタクにも関わらず」という言い方は、映画オタクというものをマイナスのイメージで捉えているということになるからだ(そう言っている私自身は、映画オタクを自認しているわけだけれど)。とはいえ、ごく一般的なスクールカーストからすれば、映画オタクは到底主流派とは言えないことになるわけで、それにも関わらず彼は自己主張が強く、周囲にもそれを押し付けてくるような厄介なところがあるのだ。

©2022 VHS Forever Inc.All Rights Reserved.

勘違い野郎の成長譚

ローレンスが勘違い気味なところは友達との関係にも表れている。ローレンスの唯一の友達マットを演じているのは、Netflixドラマの『ウェンズデー』で主人公のクラスメート役として登場していたパーシー・ハインズ・ホワイトでなかなかのイケメンなのだが、どうしたわけかローレンスは何の根拠もなく彼のことを下に見ているのだ。

というか、ローレンスからすれば自分以外の誰もがくだらない人に見えているのかもしれない(尊敬する映画監督などは別にして)。だからバイト先の店長とか、母親(クリスタ・ブリッジス)に対する態度も酷いものがある。

ローレンスはマットに対して「仮の友達」などと暴言を吐くのだが、それをあまり酷いと思っていないらしい。ローレンスとマットは土曜の夜に「サタデー・ナイト・ライブ」を一緒に見るのを楽しみにしている。二人はこれを「はみ出し者の夜」と呼んで大いに楽しんでいるのだが、ローレンスにとってそれは今だけのものということになる。彼にとっての本当の人生はまだ先ということなのだ。

ローレンスには明るい将来が見えていて、ニューヨーク大学で映画を学び、そこで趣味を同じくする「本当の友達」とも出会うことになるというイメージが出来上がっている。だから尊大にもなれるし、今の友達を大切にしようという意識もないということになる。

もちろんそれが勘違いであることを知るというのが本作だ。映画ファンを喜ばせるネタも当然ながら入ってはいるのだけれど、それよりも勘違い青年がそれを自覚し、成長する物語になっているわけだ。

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はみ出し者、万歳?

本作の監督チャンドラー・レヴァックは名前から判断つかないけれど女性ということだ。なのに、自伝的とされる本作はなぜか男性の主人公になっている。これは主人公の勘違いぶりを表現するのに、女性にしてしまうとその「イタい」感じが伝わらないという判断なのかとも思っていたのだが、町山智浩によれば本作が『ゴーストワールド』の影響を受けているからということらしい。

『ゴーストワールド』の原作漫画は男性作家が、自分の分身のような主人公を女性として描いた作品だったようだ。本作はそれを逆転した形になっているというわけだ。

どちらも似たようなキャラなのかもしれないけれど、『ゴーストワールド』のほうはシャレて見えるような気がするのはやはり女の子が主人公だからかもしれない。そんな意味では、本作は男性が主人公となり、うまい具合に「イタい」感じを表現している(主演のアイザイア・レティネンがうまかったということもある)。

本作のローレンスとマットの二人会は「はみ出し者の夜」と呼ばれていたけれど、『ゴーストワールド』が去年日本でリバイバル上映された時のチラシには「すべての〈はみ出し者〉に贈る」というキャッチコピーらしき言葉が記載されていた。どちらも同性の二人組が登場し、その二人に距離が生じるあたりもよく似ているだろう。

また、本作のバイト先のレンタルビデオ屋の店長アラナ(ロミーナ・ドゥーゴ)には、現在のチャンドラー・レヴァック監督自身の姿が投影されているということらしい(これも町山智浩による情報)。だから「今の自分」と「かつての自分」が対話するような形になっているということらしい。

アラナからすればローレンスという青年は、若くてまだ何もわかっていない「青くてイタい」ヤツということだろう。逆にローレンスはアラナのことを、何の夢も持っていない退屈な人だと見下しているところがある。ところが、実はアラナもかつては役者を志していて、その夢が破れた形で今の仕事に就いていることが明らかになる。かつては夢を抱いていたわけだけれど、誰もがその夢を叶えられるわけではないということだ。

ローレンスはその後に挫折を経験することになる。そんなローレンスに対してアラナが優し過ぎるくらいなのは、アラナが監督自身を投影したキャラクターだったからということなのだろう。ローレンスは「この先もずっと僕は僕のままなんて」と言っていたけれど、自分だからこそ「青くてイタい自分」に対して優しく接することができるというわけだ。もしかするとチャンドラー・レヴァック監督の周囲にそういう大人がいたのかもしれないけれど……。

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VHSよ、永遠に

中心的な舞台となるのはレンタルビデオ屋だ。「ビデオ屋」とはいえ、置いているのはDVDで、時代としては2003年という設定らしい。その当時はまだ動画配信サービスなどはなかったわけで、映画ファンは足しげくレンタル店へと通った時代だったわけだ。

レンタル店はたとえばTSUTAYAなども店舗はどんどん潰れているし、今ではちょっと懐かしい気持ちさえしてくる。本作を観ていると、レンタル店でDVDのパッケージがずらりと並んでいる光景はそれだけでちょっと楽しいものがある。昔はそんな多くの選択肢の中からどれかひとつを選ぼうとして、なかなか決められずに悩んだりしたものだった。配信サービスは基本的には見放題だし、そんな悩みはないような気もする。

本作は渋谷の映画館で観たのだが、その帰りに改装が終わった渋谷TSUTAYAに久しぶりに寄ってみたところ、TSUTAYA自体はあるもののレンタルサービスはなくなってしまっていたのにビックリした。配信サービスがある中でレンタル事業などやってられないということなんだろうか。改装前の渋谷TSUTAYAは、VHSの品揃えが凄かったけれど、あの貴重なラインナップはどこへ消えたんだろうか?

ちなみに本作のプロダクションは「VHS Forever Inc.」という会社らしい。古臭いVHSに拘りがある会社なのだろう。本作がスタンダードサイズで撮られていたのも、古き良き時代への郷愁ということだろうか。

劇中で言及されていたドット・ソロンズ『ハピネス』や、アラナのマイベストとされる『マグノリアの花たち』も実は観てないので、今さらながらちょっと気になる。冒頭のローレンスが作った短編作品でかかっていた音楽は、有名な映画にも使われていた曲だと思うのだが、その映画が何だったのかが未だにわからないのがモヤモヤする。

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