監督・脚本は『Autumn Leaves』のワン・チイ。
企画・共同脚本は『スモーク』のウェイン・ワン。
主演は『あのこは貴族』の門脇麦。
物語
上野でソーシャルワーカーとして働くサツキ(門脇麦)は、都内の公園の青テントで、”ゴージョー”と呼ばれる身元不明のホームレス男性が遺した日記を見つける。妻を亡くして自身も公園で暮らしているトシ(竹中直人)とともに、ゴージョーの正体を求め、日記を手がかりにホームレスのネットワークを訪ね歩くサツキ。やがてその先に一人の女性の存在が浮かび上がる。さらに荒川の土手で生活するマリの口から明かされたのは、ゴージョーが自ら家族との縁を切ったという過去。それはサツキの人生をも大きく揺らがす事実だった。ゴージョーとはいったい何者なのか。彼はなぜ世間から姿を消したのか。そしてサツキが本当に探している人物とは——
(公式サイトより抜粋)
きっかけはホームレスの死
本作は“ゴージョー”と呼ばれる身元不明のホームレス男性の死から始まる。主人公のサツキ(門脇麦)は福祉施設の職員で、ホームレスの人たちの世話をしている。その関係でサツキはゴージョーの遺品を預かり、彼のことを調べる必要があったのだ。
サツキは福祉施設の職員とはいえ、ホームレスの人たちに対する態度は酷く素っ気ない。困っている人を助けたいといった慈愛の精神みたいなものはほとんど感じられないのだ。それでいてなぜかゴージョーのことは気になるようで、彼のことは時間をかけて調べているし、何度も彼が遺した日記を読み返している。なぜサツキはゴージョーのことを気にかけているのか?
これに関しては勘のいい観客ならば、すぐにだいたいのことは理解するかもしれない。とにかくサツキはゴージョーのことを調べていて、「彼の仲間」を自称するトシ(竹中直人)からゴージョーのことを聞き出そうとする。
『ゴースト・オブ・ウエノ』の見どころはこの二人のやり取りだろうか。『愛の渦』以来、門脇麦は何だか気になる女優さんだし、その相手役となる竹中直人は時にやり過ぎることがある気もするけれど本作ではそんなこともなく、微妙な関係のまま上野の街を彷徨い歩く雰囲気がよかったと思う。

ⓒ2026「ゴースト・オブ・ウエノ」製作委員会
上野の幽霊とは?
本作のタイトルは「ゴースト・オブ・ウエノ」というもので、これだけでは何を描いているのか謎だけれど、失踪というものが題材になっているとも言える。
失踪した人はどんなふうに生きているのか? すべての失踪者がホームレスになるわけではない。たとえば半年ほど前に本作と同じ劇場(渋谷のユーロスペース)で公開された『蒸発』というドキュメンタリーでは、元の生活を捨てて逃げていても住み込みでの働き口を見つけている人もいた。
もしかすると元の生活や身分を捨てても金だけは持っていて、まったく別の生き方をしてひっそりと暮らしている人だっているのかもしれない。それでもやはり、元の生活を捨てることで困窮状態に陥ってしまう人だっているだろう。そんな人はホームレスになることだってあるわけで、失踪とホームレスは結びつきやすいことになる。
ここで早々に一部ネタバレしてしまうけれど、サツキは失踪した父親のことを捜していたから、ゴージョーのことを気にかけていたのだ。サツキが福祉施設で働いていたのも、ホームレスになっているかもしれない父親のことを捜していたからなのだろう。
ただ、『ゴースト・オブ・ウエノ』では、ゴージョーの実像は最後までわからないままだ。ゴージョーと親しかったという女性の話も出てくるけれど、かといって彼の詳しい話が聞けるわけではないのだ。
『蒸発』でもそうだったけれど、失踪者が本気でほかの人との関係を断とうと望めば、それを見つけることは困難なのだ。そんなわけで本作でもゴージョーの姿は最後までよくわからずに終わる。
※以下、本格的にネタバレ!

ⓒ2026「ゴースト・オブ・ウエノ」製作委員会
オチはこれでいいの?
以下、ネタバレになるけれど、すべてはトシの嘘だったとも言える。トシはゴージョーのことを少しは知っていたのかもしれない。それでも彼が小出しにしていたゴージョーの情報は、トシがサツキの気を惹きたくて適当に捏造していた可能性もある。
サツキがゴージョーの日記だと思っていたものも、実は詐欺師のおじさんの創作であり、トシはそのことを知りつつもサツキを騙していたのだ。トシは亡くなった妻の生まれ変わりを探しているという寂しがり屋なのだ。サツキの気を惹くために嘘ばかりを並び立てていたということになる。
すべては嘘だった。そんなオチは、オチとしてはうまいものではない。結局、ゴージョーの実像はわからず終いだし、彼はサツキの父親でもなかったらしい。結局はすべて無駄足だったとも言えるけれど、何だかんだ言ってもサツキもトシとのデートを楽しんでいたところもあったのかもしれない。トシは「ゴージョーの仲間」と言い張っていたわけで、もしかするとサツキは彼に父親を重ねていたところもあったのだろうか。
とは言うものの、観客としても失踪の話を観ていたはずが、延々と嘘の話に付き合わされていたわけで騙された感もなくはない。そもそも失踪を題材にした話では、たとえば安部公房の『燃えつきた地図』のように、失踪者を追っていた側も変なところへと迷い込んでしまうというのが典型なのかもしれない。

それでも本作が不思議と徒労感とは無縁なのは、サツキがトシの嘘を笑い飛ばしてくれたからだろう。それまで無愛想なことが多かったサツキだけに、その時の笑顔が印象的でもあったのだ。
そんなわけでサツキは新たな人生をスタートすることになるわけで、失踪した父親のことは見つからなかったけれど、ハッピーエンドの空気感を出して終わることになる。そして、そんなラストから改めて本作を振り返ってみると、本作は失踪をきっかけにして何かほかのものを描いていたのかもしれないとも思えた。

ⓒ2026「ゴースト・オブ・ウエノ」製作委員会
よそ者とハグレ者
本作は公式サイトなどで、日本と中国と韓国の合作を謳っている。舞台は東京・上野だけれど、中心となっているスタッフには外国人も多い。ところが本作の登場人物には、外国人と呼ばれるような人はひとりも出てこない。
本作の監督はワン・チイという人だ。名前は中国系なのだろう。それでも日本人の母と中国人の父を持つようで、中国で生まれ、幼少期を日本で過ごしたとのこと。さらに大学はロンドンで、そこで映像を学んだらしい。
こういう状況ならば容易に想像がつくように、ワン・チイ監督は自分のことをどこかよそ者のように感じていたようだ。そのあたりに関しては『キネマ旬報』(2026年8月号)のインタビューで語られている。

それから共同脚本を担っているウェイン・ワンも似たような境遇かもしれない。ウェイン・ワンは香港出身だがアメリカに渡って『スモーク』などで成功を収めた。2016年の『女が眠る時』は日本で撮影しているし、日本で別の作品を準備していたことがワン・チイ監督とのつながりになったらしい。とにかくウェイン・ワンも世界のあちこちを飛び回っているわけで、自分のことをよそ者と感じることも少なくなかっただろう。
そうしたことがどこで失踪者の話と結びつくのかと言えば、上野という場所でリンクしてくるのだ。ワン・チイ監督は自分のことをよそ者と感じていたけれど、上野という場所はなぜかそんな感覚とは無縁だったようだ。上野はよそ者の自分でも「居てもいい」と思わせるような何かがあったらしいのだ。
本作にはタイトルにも「ウエノ」という場所の名前が入っているし、上野という場所は主役みたいなものでもある。サツキとトシは上野恩賜公園内の不忍池のベンチを待ち合わせ場所にしていたけれど、二人はそこから上野界隈を彷徨い、山谷と呼ばれるホームレスや日雇い労働者が多い地域まで足を延ばしたりする。ホームレスになる人の多くは、かつての居場所を捨てて流れてきたわけで、そんな人でも受け入れてくれるような場所が上野なのだろう。
ちなみに『蒸発』というドキュメンタリーでは、大阪の西成という場所がそんなところだと語られていた。西成では誰も他人のことなど気にしないというのだ。だからこそ誰もが「そこに居てもいい」と感じられる。上野という場所にもそういう感覚があるということなのだろう。
劇中には、失踪予備軍みたいな若者の姿がいくつか描かれていた。会社の人間関係で悩みを抱えているように見えるサラリーマンや、大きなスーツケースを抱えて夜中の上野にやってきた女性などだ。こうした人たちは今の周囲とうまく馴染めなくてそこにたどり着いたのだろう。
本作のトシは口から出まかせばかりの嘘つきだ。トシがどういう経緯で上野にたどり着いたのかはわからないけれど、世間からすればハグレ者だろう。そんなトシに騙されたサツキはどうかと言えば、やはりハグレ者という点では似た者同士だろう。サツキの父親は失踪してしまったわけで、ハグレ者の血をサツキも受け継いでいるのかもしれない。そんなハグレ者でも何となく居心地がいいのが上野という場所なのだ。
よそ者でもハグレ者でも、上野という場所では誰もが自分を肯定できる。サツキもそんな感覚があったからこそ、トシの嘘を笑い飛ばすことができたのだろう。そんなわけで本作は、失踪をきっかけに自分を肯定してくれる居心地のいい場所にたどり着く話だったのだ。




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