『満江紅/マンジャンホン』 詩の誕生の瞬間

外国映画

監督は『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』チャン・イーモウ

主演は中国の国民的俳優とされるシェン・トンと、『少年の君』イー・ヤンチェンシー

原題は「満江紅」で、英語のタイトルは「Full River Red」。

物語

12世紀の中国。南宋王朝は、北方の強国・金と激しい戦いを続けていた。
金に奪われた領土回復を目指した英雄・岳飛が処刑されてから5年後、南宋の宰相・秦檜はついに金国との和平交渉に臨む。しかしその前夜、交渉の要となる金国の使者が殺され、南宋の皇帝に渡るはずだった極秘の手紙も消えてしまう。
若き武将・孫均と下級兵士・張大は、思いがけずこの事件の渦中に巻き込まれ、秦檜から「夜が明けるまでの2時間のうちに犯人を見つけよ」と命じられる。
調査が進むにつれ、孫均と張大の二人の胸に秘めた思惑も徐々に明らかになり、やがて背後に潜むさらなる陰謀が姿を現す——。

(公式サイトより抜粋)

中国で大ヒットした歴史劇

中国では大ヒットを記録したらしいチャン・イーモウ作品。時代劇風の衣装からして武侠映画なのかと思っていたのだが、剣戟などは一切ない歴史劇となっている。しかも、ちょっとばかりコメディタッチになっていて、チャン・イーモウ作品としては意外だった(『キープ・クール』というコメディ作品もあるらしいのだけれど)。

本作のタイトルにもなっている「満江紅」というのは、中国の人なら誰でも知っている詩なのだとか。その詩を書いたとされるのが岳飛がくひという英雄なのだが、本作はその岳飛が亡くなってからの話となっている。

舞台となるのは、南宋の宰相・秦檜しんかいがいる城だ。冒頭からこの城の中を慌ただしく走っていく兵の姿が捉えられる。この城の風景を観た時、『紅夢』を思い出したのだが、本作は実は『紅夢』の続編の企画からスタートしたかららしい。『紅夢』の続編のためにセットを作ったものの、その続編の企画は途中で潰れ、そのセットを利用して生まれた作品が『満江紅/マンジャンホン』だったということらしい。

『紅夢』はタイトルの通り、赤が印象的に使われていた。それに対して本作はほとんどが夜の話になっているからか、『SHADOW/影武者』のように色彩を抑えた画づくりをしていて、カラフルな衣装で登場する妓女とその口紅だけがとても際立つことになる。色彩感覚に優れたチャン・イーモウだけに、そうした画づくりはとてもよかったと思う。

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素人探偵の犯人捜し

『満江紅/マンジャンホン』での悪役は南宋の宰相・秦檜(レイ・ジャーイン)だ。この秦檜が一番の権力者ということになる。その下には何殿(チャン・イー)と武殿(ユエ・ユンポン)と呼ばれる二人がいる。そして、主人公となるのが、孫均そんきんイー・ヤンチェンシー)と張大ちょうだいシェン・トン)の二人ということになる。この5人のかけひきが話の中心となってくる。

宰相・秦檜は金国との和平交渉に臨もうとしている。しかしその夜、金国の使者が殺されてしまう。そして、極秘の手紙もどこかへ消えてしまう。孫均と張大の二人は、秦檜から夜明けまでに犯人を見つけることを命じられる。

この二人の関係は、かつては張大が孫均のことを世話をしていた時代があったらしい。それでも今では位が上なのは孫均らしい。犯人捜しでは張大が中心になり、孫均がそれに指示を与える形になっている。

二人は城の中を自由に歩き回って疑わしき人をチェックしていくのだが、そう簡単に犯人が見つかるわけもなく、二人は城の中を右往左往することになる。本作ではそうした移動の度に、京劇風の音楽のラップバージョン(?)が大音量で奏でられ、リズムを生み出している。

本作がコメディ仕立てになっているのも、素人探偵の犯人捜しが長く続くから、間を持たせるためということかもしれない。特に張大と武殿は喜劇担当といった感じで、孫均は張大の仕事を引き継ぎ、締めを任される形になっている。

※ 以下、ネタバレもあり!

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「満江紅」という詩

正直言えば、本作は一体何を描こうとしているのかがわからないところがある。城の中での犯人捜しが続いていくわけだが、二人の背景も示されないわけで二人の意図が見えてこないのだ。それでも二人は犯人を見つけなければ殺されるわけで、そのためにほかの人をアッサリと殺したりもするわけで、何をやろうとしているのかがよくわからないのだ。

それでも本作はラストに到ると、ようやく意図が明確になってくる。ここでネタバレをしてしまえば、本作は岳飛が書いたとされる「満江紅」という詩が現代にまで伝えられることになった経緯について描いているということになる。

先ほども記したように、「満江紅」という詩は中国の多くの人に親しまれているらしい。しかしながら、その詩がどうやって伝えられることになったのかはわからないらしい。本作はその部分をフィクションで補い、「満江紅」という詩の誕生の瞬間を描くのだ。

日本人の観客としては、この詩についてもまったく知らないし、英雄である岳飛も同様だから、そこが取っつきにくいかもしれない。一応、冒頭で岳飛については字幕で示されるけれど、その偉大さというものはまったく知らないわけで、劇中の兵士たちは岳飛という名前だけでざわつきを示すほどなのだが、そのあたりはもっと背景を知っておいたほうがよかったのかもしれない。

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二人それぞれの意図

張大と孫均はそれぞれ別の目的を持っている。張大が狙っているのは秦檜の失墜ということだろう。そのために密書が重要な役割を果たすことになる。その内容が知られれば秦檜は失墜することになる。そして、張大にはそのほかにも仲間がいて、秦檜や何殿と武殿も殺そうとしている。

しかし、孫均はその先を見据えていたようだ。秦檜を追い落とすだけでは足りなくて、亡くなった悲劇の英雄である岳飛の最期の言葉を明らかにするという目的があったのだ。岳飛を殺したのは秦檜とされていて、岳飛の最期の言葉を秦檜だけが知っていたのだ。

張大は密書の内容を明らかにして秦檜の失墜を狙った。孫均はその張大を裏切ったように見えて、実はその密書の内容をさらに利用して、秦檜をピンチへと追い込み、岳飛の最期の言葉を引き出そうとしていたということになる。

追い詰められた秦檜は、自分だけが知っている岳飛の最期の言葉を衆人環視の状態で明らかにすることになる。これによって秦檜の権威は失墜し、さらには岳飛の名誉も回復されたということになるのだろう。ここで詠われるのが「満江紅」というわけだ。城に集まった何万もの兵士たちが「満江紅」という詩を朗々と謳い上げるラストはなかなか感動的だった。

岳飛という英雄は、秦檜によって無実の罪で殺されることになったらしい。本作においては「満江紅」という詩は、その岳飛の「辞世の句」とされているわけだ。

英雄の最期の言葉を伝えるために、孫均はかなり危ない橋を渡っている。それに命を賭けているわけだ。これは中国人独特の感覚があるということなのかもしれない。

ちなみに中国では歴史というものが非常に大事にされるらしい。小室直樹『小室直樹の中国原論』において、中国人にとって歴史は「聖書」だったと記している。「虎は死して皮を留め人は死して名を残す」とも言うけれど、後世に名が語り継がれることになることが、その人にとって救いになるということなのだろう。だからこそ孫均は「満江紅」という詩を伝えることに尽力することになったというわけだ。

このラストはとても盛り上がるのだが、惜しむらくは中盤の犯人捜しが長すぎるところだろうか。157分もかけずにスッキリさせれば、もっと評価も高くなった気がする。

それでも役者陣はなかなか個性的な面々が揃っていて楽しめるし、『少年の君』でもいい面構えをしていたイー・ヤンチェンシーがラストを感動でまとめている。

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