原作は新堂冬樹の同名小説。
監督は『ミッドナイトスワン』の内田英治。
脚本は『夜が明けたら、いちばんに君に会いにいく』のイ・ナウォン。
主演はBE:FIRSTのメンバー・三山凌輝と、乃木坂46のメンバー・久保史緒里。
物語
鎌倉の海沿いの街で同棲する、絵本作家の水島良城(三山凌輝)と書店員の桐本月菜(久保史緒里)。学生時代から付き合ってきた二人は、お互いのことを大事に思い合っているが、良城は強迫性障害による潔癖症を患い、恋人の月菜にも触れることができず、手をつなぐことすらできない日常が続いている。ようやく治療を決意した良城は、合同カウンセリングで初めて同じ症状を抱える女性・村山千春に出会う。思いを共有できる相手に出会えたことを喜び、千春との距離を縮めていく。仲睦まじく思いを共有する二人の交流を目の当たりにし、月菜はショックを受けてしまう。二人の溝がどんどん深くなっていくなか、月菜の前に、恋人と触れ合っても心が動かない男・イ・ジェホン(ファン・チャンソン)が現れる。愛する人と触れ合うことがままならない者たちがすれ違い、ぶつかり合い、関係が交錯していく―。
(公式サイトより抜粋)
あなたの“推し”は誰?
『誰よりもつよく抱きしめて』は、スターのファン動員力を当て込んだアイドル映画の一種なんだろうと思う。観客の多くはそれぞれの“推し”がいて、それを目当てに映画館へ足を運んでいるのだろう。そんな意味では、出演する面々のことをまったく知らずに、某映画館のポイントが消滅しないうちに消費しようという、私のような不純な観客は珍しいのだろう。公式サイト曰く、「この冬最高純度の物語」ということだけに……。
主演の二人はそれぞれBE:FIRSTと乃木坂46のメンバーということ。良城を演じた三山凌輝は、普段のイメージとは異なる役柄に挑んでいるように見える(普段の姿もよく知らないけれど)。眼鏡をかけて気の強そうな目を隠して、潔癖症に悩む繊細な主人公を演じている。これはこれでいつもと違う顔が見られて、ファンとしても楽しいものになっているんじゃないだろうか。
その相手役のヒロインである月菜を演じた久保史緒里は、まだ若いようだけれど正統派の美人といった雰囲気で、本作を障害のある恋愛を描くちょっとだけ大人な映画という印象にしていたと思う。
それから準主役という形で、韓国のアイドルグループ「2PM」のファン・チャンソンも登場する。こちらもいかにも韓国のイケメンという型にハマった役柄になっていて、それぞれのファンが観ればそれだけで十分に満足できる物語なのかもしれない。ラストは劇場内は泣いている人も多かったようだし、ファンの満足度は高いんじゃないだろうか。

©2025「誰よりもつよく抱きしめて」HIAN/アークエンタテインメント
強制的プラトニック・ラブ
潔癖症ということを訴える人はそれなりに居たとしても、その程度は様々なのだろう。多分、本作の良城のそれはかなり重症だ。とにかく何もかもが汚く思えるのか、出先から帰ってくると、すべてを脱いで洗濯し、手をいつまでも洗わないと気が済まないらしい。そんな状態だから、同棲している月菜に触れることもできないのだ。
それでもかつてはそんなことはなかったらしい。そうでなければ良城と月菜が同棲するようなこともなかっただろう。しかしながら、今では症状が酷くなり、会社も辞めることになり、日常生活にも支障を来たすような状況になっている。
劇中にもうひとり登場する潔癖症である千春(穂志もえか)は、コロナ禍がそれが発症するきっかけになったということだから、良城も何らかのきっかけがあって症状が出てきたということなのかもしれない。
一緒に暮らしていても手を握ることもできず、鍋をつつくのも個人用の鍋をそれぞれに用意しなければならない。そんな状態だから良城と月菜の関係は普通ではない。プラトニック・ラブなんて言葉もあるけれど、良城の抱えた病によって、共にそんなことは望んでいないにも関わらず、それを強制されたような形になってしまっているのだ。
そんな時、月菜はジェホン(ファン・チャンソン)という韓国人男性と出逢うことになる。ひょんなことから月菜はジェホンと食事を共にすることになり、彼から積極的なアプローチを受けることになる。
一方で良城は潔癖症の治療先で、同じ悩みを抱えた千春と出逢う。それまで誰にも理解されなかった潔癖症の悩みを、彼女となら分かち合えるわけで、二人は急速に親しくなっていく。そんなわけで本作は四角関係めいた形になっていくわけだが……。
※ 以下、ネタバレもあり!

©2025「誰よりもつよく抱きしめて」HIAN/アークエンタテインメント
心と身体と……
良城と月菜の関係はいわゆるプラトニックなもの、つまりは心だけが通じ合っている関係だ。それに対してジェホンはその逆らしい。つまりは身体だけが通じ合っているわけだ。ジェホンは元カノのことがたいして好きでもないのに付き合っていたらしいのだ。ジェホン曰く、心と身体とが通じ合う恋人なんて滅多にいないということになる。
月菜としてはジェホンに最初は興味はなかったとしても、彼はとても率直な優しい男性でもあり、彼と付き合えば真っ当に恋人らしいこともできるわけで、気にならないと言うと嘘になる。ジェホンは月菜のことを「男に飢えている」女性みたいに見ている瞬間もあった。これに対して、月菜が途端にムキになっていたのは、それが満更ハズレてもいなかったということだったのだろうか。
一方で良城は千春のことをどう見ていたのだろうか。絵本作家でもある良城が描いた絵本『空をしらないモジャ』は、どこかで良城自身のことを描いた作品だったようにも感じられる。モジャは普通の鳥とは違った鳥らしい。空を飛べない鳥なのだ。モジャはスズメと仲良くなるものの、二人は住む場所が異なる種族なのだ。最終的にはモジャは、自分の仲間がいるところへと帰っていくことになる。
モジャは良城ということなのだろう。そして、スズメは月菜だ。二人は惹かれ合っているけれど、違う部分もある。スズメは空を飛べるけれど、モジャは飛べない(月菜がひとりで眺めることになる鎌倉の空は寂しい色合いだった)。これと同じように、良城は潔癖症で人に触れられないけれど、月菜はそんなことはない。
絵本の結末からすれば、モジャである良城は仲間のところへと帰ることになる。つまりは同じ病を抱えた千春のところへと行くということが仄めかされているということになる。

©2025「誰よりもつよく抱きしめて」HIAN/アークエンタテインメント
絵本には続編が
そんなわけで本作の四角関係は良城と月菜が別れ、それぞれ別の人と付き合うことになるのだろうと思わせることになる。ところがこれは一種の回り道みたいなもので、二人は一度は離ればなれになるものの純愛を貫く形になる。潔癖症を克服するためには、それなりの時間も必要だったということなのかもしれない。
良城は実は『空をしらないモジャ』の続編のことをずっと考えていて、それが時を経てようやく出来上がったのだが、そこには前作とは別の結末が描かれていたのだ(このよく出来た絵本は公式サイトで特典として見ることができる)。そして、それは月菜に対するメッセージみたいなものになっているのだ。
今どき珍しい純愛といった感じで、到底リアリティがあるとは思えないし、プラトニック・ラブについて鋭い洞察があったとも思えないけれど、たまにはそんな話があってもいいのかもしれない。ただ、ジェホンと千春のキャラが、二人の純愛を強調するために用意された単なる障害物みたいになってしまっている気もした。
ジェホンの場合は恐らく策略を持って月菜に近づいたのだろうし、フラれても彼の人生の分岐点に月菜がいたということがわかるからマシだとしても、曖昧な形でフェードアウトすることになった千春の扱いはちょっとかわいそうだった。本作を観ようと思ったひとつの理由は、『窓辺にて』などの穂志もえかが顔を出していると知ったからだっただけに、余計にそんなことを感じた。
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