『Cloud クラウド』 楽していると地獄行き?

日本映画

脚本・監督は『クリーピー 偽りの隣人』『スパイの妻<劇場版>』などの黒沢清

主演は『アルキメデスの大戦』などの菅田将暉

本作は、来年3月にアメリカで開催されるアカデミー賞の国際長編映画賞の日本代表作品に選出されたとのこと。

物語

世間から忌み嫌われる“転売ヤー”として真面目に働く主人公・吉井。彼が知らず知らずのうちにバラまいた憎悪の粒はネット社会の闇を吸って成長し、どす黒い“集団狂気”へとエスカレートしてゆく。誹謗中傷、フェイクニュース――悪意のスパイラルによって拡がった憎悪は、実体をもった不特定多数の集団へと姿を変え、暴走をはじめる。やがて彼らがはじめた“狩りゲーム”の標的となった吉井の「日常」は、急速に破壊されていく……。

(公式サイトより抜粋)

筋違いの恨みを買って

『Cloud クラウド』では、“転売ヤー”の問題を扱っているかのようなことが宣伝されているわけだが、実際にはちょっと違うのかもしれない。冒頭のエピソードでは、主人公の吉井(菅田将暉)が、殿山(赤堀雅秋)という男から医療機器を安値で買い取ることになる。ここでは相手の諸事情などお構いなしの吉井の冷酷なやり口が強調されているわけだけれど、このエピソードは“転売ヤー”の問題というより、殿山という男が間抜けだっただけだからだ。

というのは、吉井は買い取った医療機器を定価の半額で売りさばくことになるわけだが、それなら同じことを殿山がやればよかっただけだからだ。今ならそんな方法はいくらでもあるはずなのだ。実は自分が間抜けなだけなのに、殿山は吉井に恨みを抱くことになる。もしかするとこのエピソードは、殿山が抱くような恨みは筋違いだということをわざわざ示すためだったのかもしれない。ネット社会はそうした悪意が蔓延しているということでもある。

“転売ヤー”が実際に問題となるのは、たとえばコロナ禍で品薄になってしまったマスクを不当に高い値段で売るような場合だろう。その商品を本当に必要としている人にそれが届かず、間に“転売ヤー”が入ることで、本当に買いたい人が高値で買わされることになるわけで、そういった場合に“転売ヤー”の存在は問題となる。

吉井が希少価値のあるフィギュアを買い占めたエピソードは、それに当てはまる例ということになる。だから吉井は人から恨まれても仕方ない部分はあるわけだが、本作は“転売ヤー”の問題というよりは楽して稼ごうという浅はかな人たちが勝手に殺し合いをする話ということなのだろう。

©2024 「Cloud」 製作委員会

他人の成功が許せない

確かに吉井の態度はちょっと人を逆なでするところがあるのかもしれない。職場の上司で彼に目をかけていてくれた滝本(荒川良々)に対する態度は、慇懃無礼ということになるかもしれない。上辺だけは取り繕っているけれど、何とも思っていない感じが伝わってしまうのだ。だから吉井は人から恨みを買うことになるわけで、それも致し方ないとも言える。

さらに、転売のやり方を教えてくれた村岡(窪田正孝)からの恨みは、別の感情も加わっている。そもそも転売というのは楽して稼ぐ方法だ。村岡は今では転売がうまく行っておらず、楽して稼ぐつもりがどつぼにハマったような形らしい。それに対して吉井は、村岡からの投資話には乗らず、彼女の秋子(古川琴音)と一緒に拠点を都内から田舎に移し、転売だけで生計を立てようとまで計画しているのだ。

楽して稼ごうなんて浅はかな人間は、他人がうまくやっていることが気に食わないのだろう。だから同じことをやっているのにたまたまうまく稼いでいる吉井は、村岡からの恨みも買うことになってしまう。この恨みもまた筋違いなものということになる。要は単に怒りをぶつける相手が欲しかったということなのだ。

本作の後半では吉井が“狩り”の対象になるわけだが、集まってくるやからは吉井に直接的な恨みを持つ殿山みたいな人たちばかりではない。単にゲーム感覚でストレスを解消したいだけのヤツもいるし、自分がどん底に堕ちたから誰かを引きずり落としたいというヤツもいる。そんなわけで、本作は浅はかな輩の醜い足の引っ張り合いみたいなものになっていくのだ。

©2024 「Cloud」 製作委員会

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楽していると地獄行き?

黒沢清は海外の映画祭でも評価される存在で、賞レースを狙ったような作品だってあるけれど、本作のテイストはかつてVシネマでやっていたようなものに近いようにも思えた。本作の後半はいつもの廃墟を舞台にした殺し合いとなっていくわけで、今年リメイクした『蛇の道』と被る部分もあるからだ。そんな意味ではあまり驚きはないけれど、黒沢清ファンなら安心して楽しめる作品なのだろう。

周囲からの評価にも関わらず、黒沢清自身のスタンスは変わらず、自分の撮りたい作品を撮っているということなのかもしれない。実際にはまかり間違ってアカデミー賞の国際長編映画賞の日本代表作品とされたらしいけれど、良くも悪くもそんなものを狙っているようには思えなかったのだ(13作品から選ばれたということらしいのだが、ほかの作品は何だったのだろうか)。

本作は誰に狙われているのかわからないサスペンスだった前半から一転し、後半は吉井を“狩り”の対象としたゲームが始まる。とはいえ吉井はただの一般人で何の抵抗もできないわけで、彼ひとりだったとしたらあっという間にゲームは終わってしまう。ところがそこに妙なところから助太刀が入ることになる。

それが吉井が転売の仕事で雇った佐野(奥平大兼)だった。彼は実は闇の組織とのつながりがあり、なぜか吉井を助けてくれることになるのだ。佐野は何の学もなくて、都会での仕事はうまく行かず、田舎に戻ってきたということになっている。多分、都会で楽して稼ごうとすると、行きつくところは闇バイトであり、その先には闇の組織がいるということなのだろう。ところがなぜか佐野はそこで自分の才能を開花させたのかもしれない。

楽しているとヤバい組織に絡め取られるというわけで、吉井は佐野に助けられることになるものの、最終的には二人が乗った車は“地獄の入り口”にたどり着いてしまうというのがラストということになる(リメイク版の『蛇の道』ではやっていなかったスクリーン・プロセスを使用したシーンを見せてくれる)。

それでも吉井はどこか安堵と共にそれを受け入れているように見えなくもなかった。恋人との結婚を望んでいると言いつつも、それを自分でも信じていないように感じられたからだ。

それまでずっと死んだような目をしていた吉井が、最後には自らの意志で引き金を引くことになる。これはもしかすると、地獄のほうが活き活きと生きられるということなのかもしれない。

©2024 「Cloud」 製作委員会

“集団狂気”の顔ぶれは?

この後半部の“狩りゲーム”はかなり非現実的で、“集団狂気”の連中がひとりずつ殺されていくところが見どころなのだろう。ボスキャラ(?)としては窪田正孝の村岡が「地獄で待ってる」とか喚きつつ呆気なく死に、さらにダメ押しで古川琴音の秋子もその本性を示すことになる。一瞬だけ狂暴な顔の古川琴音を見ることができるものの、キャラクターとしては謎の女性だった。

ちょっともったいないと感じたのは、一番最初に殺される吉岡睦雄演じる矢部だろうか。この“集団狂気”の連中のヤバさを一番醸し出していたのが、矢部と三宅(岡山天音)がつるんでいるあたりだったからだ。

吉岡睦雄という人は、脇役としてはかなりあちこちの作品に顔を出していて、クズ男とかダメ男をやらせたら絶品だ。ちょっと前にロマンポルノのような形式で撮られた「ラブストーリーズ」というシリーズがあって、その中の『愛の果実』『農家の嫁 あなたに逢いたくて』に吉岡睦雄が出ていて、作品自体はあまりお薦めできない気もするけれど、吉岡睦雄の存在だけは印象に残っていたのだ。

本作でもあの甲高い声で「ゲームを楽しみましょう」なんて危なっかしいことを言っている姿は、見た目は普通なのだけれどどこか狂っている感じがしてかえって不気味でもあった。この吉岡睦雄はどうやら黒沢清の前作の中編作品『Chime』では主演を務めていたらしい(私はスルーしてしまったが)。今さらながら『Chime』のことが気になったりもするけれど、本作でも吉岡睦雄の暴れっぷりをもっと見たかった気もした。

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