『ブラックバッグ』 “深刻さ”より“軽妙さ”

外国映画

監督は『プレゼンス 存在』スティーヴン・ソダーバーグ

脚本は『ミッション:インポッシブル』デヴィッド・コープ

主演は『ソング・トゥ・ソング』マイケル・ファスベンダー

物語

英国の国家サイバーセキュリティセンター<NCSC>のエリート諜報員ジョージに課せられた機密任務<ブラックバッグ>は、国家を揺るがす不正プログラム<セヴェルス>を盗み出した組織内部の裏切者を見つけ出すこと。その容疑者は5名。<NCSC>の同僚で友人でもある4名に加え、5人目はジョージの愛妻で<NCSC>で最も有能な諜報員キャスリンだった。ミッションのタイムリミットは1週間。妻が国家を裏切った容疑をかけられ、ジョージは結婚生活への忠誠と祖国への忠誠の板挟みになるという究極の試練に直面する――。

(公式サイトより抜粋)

地味な頭脳戦?

本作は『ミッション:インポッシブル』シリーズの第1作の脚本を書いたデヴィッド・コープと、『オーシャンズ』シリーズの監督であるスティーヴン・ソダーバーグが組んだスパイ映画だ。

スパイ映画と言えば、『007』シリーズを代表とするような派手なアクションが見どころだったりする。本作の脚本を担当しているデヴィッド・コープが書いた『ミッション:インポッシブル』の第1作も同様だろう。ところが『ブラックバッグ』には、そういう派手さは一切ない。

スパイの実像を知るわけではないけれど、実際のスパイが派手な立ち回りを演じていたら、隠密行動が原則だろうと思われるスパイとしての仕事にならないのだろうし、本作のような地味な頭脳戦のほうが実像に近いのかもしれない。

本作の舞台は英国の国家サイバーセキュリティセンター<NCSC>だ。これは実在する組織らしい。主人公のジョージ(マイケル・ファスベンダー)はそこの諜報員だ。ある夜、ジョージは「裏切り者を探れ」という指令を与えられる。その容疑者は5名で、その中にはジョージの妻であり<NCSC>の最も有能な諜報員キャスリン(ケイト・ブランシェット)も含まれる。

ジョージは裏切り者がキャスリンだったとしてもその仕事をやれるのかと問われるものの、その仕事を引き受けることになる。

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修羅場と化すディナー

面白いのはスパイたちがみんな社内恋愛をしていることだろうか。ジョージは同僚のキャスリンと結婚しているし、ほかの4人の登場人物もそれぞれカップルなのだ。

スパイは重要な機密情報を扱うわけで、おいそれと仕事のことを話すわけにはいかない。そうなるとなかなか窮屈だろうし、ある程度は事情をわかってくれるスパイ同士のほうがつき合いやすいということなのかもしれない。

ただ、スパイ同士だから厄介なこともある。ジョージとキャスリンは夫婦ではあるけれど、互いを監視し合うような関係でもあるのだ。

ジョージは容疑者とされる4人をディナーに招待する。そこにはもうひとりの容疑者であるキャスリンもホスト役として加わる。そこに集まったほかの二組のカップルも<NCSC>の同僚で、自白剤を混ぜ込まれたご馳走もあって、ジョージが提案したゲームでディナーの場はちょっとした修羅場と化すことになる。ある人物の浮気がバラされ、怒ったパートナーが制裁を加えることになるからだ。

ジョージはそんな中で5人を冷静に観察している。その中でキャスリンだけは事前に事情を知らされていたこともあり、まったくボロを出すことがなかったのだが、ジョージはディナー後の寝室であやしげなものを発見する。やはりキャスリンが裏切り者なのか? ジョージはキャスリンのことを探ることになるのだが……。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

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“ブラックバッグ”とは?

本作には意味不明な横文字が度々登場する。<NCSC>みたいな略字だ。そんな単語がいくつも出てきて、何のことだかわからないままどんどん話は進んでいく。

そもそも本作のタイトルになっている“ブラックバッグ”とは何なのか? 劇中ではキャスリンがジョージに対してその言葉を使っている。字幕としては「極秘任務」となっていて、つまりは「それ以上は言えないから聞いてくれるな」というような意味合いになるらしい。

とはいえ、そんな用語の意味はわからなくても話はわかる。<セヴェルス>というものがいわゆる“マクガフィン”というヤツで、これが盗み出されることは世界が危機的状況に陥ることを意味することだけを理解しておけばいいのかもしれない。

何だかんだで最後に明らかになるのは、互いを監視し合う間柄とされていたジョージとキャスリンは、実のところ互いに信頼し合っていたということなのだ。

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“深刻さ”より“軽妙さ”

ラストでキャスリンが語るのは、裏切り者がどこかの口座に残していた金のことで、それが宙に浮いた形になっているということだ。ジョージとキャスリンは恐らくそれをいただくことになるのだろう。

このあたりのやり取りを見ていると、世界の危機といった“深刻さ”より“軽妙さ”が勝っている。公式サイトにはジョージは「結婚生活への忠誠と祖国への忠誠の板挟みになる」と記載されているけれど、実際には彼はキャスリンを守ることに忠実で、彼女と国を秤にかけたりして悩んでいる様子はないのだ。そして、ジョージは一時は自分がハメられたと焦ることになるけれど、結局はキャスリンがすべてを裏で動かしていたように見えるのだ。

キャスリンは必要がなければ嘘はつかないと言っていた。ということは、ほかの4人は無関係だったゴミ箱の中の映画の半券は、キャスリンがわざわざ仕込んだものだろう。キャスリンはそれによってジョージに自分に監視の目を向けさせ、その後にジョージがどう動くかも織り込み済みだったのだろう。

キャスリンがジョージと一緒にその映画を観た時の反応は、彼女が一度はその映画を観ていることを示している。これはキャスリンが別の誰かと一緒にその映画を観たことを意味するのかもしれない。本作のスパイたちはみな浮気性で、唯一の例外が「嘘が嫌い」だというジョージなのだけれど、別の誰かとキャスリンが会っていたとしても、それは彼女にとっては必要な嘘ということなのだろう。

キャスリンが裏でどこまで仕切っていたのかはわからないけれど、最初に示されたほかの容疑者4人はこの一連の騒動にそれぞれ一役買っている。

ひとりは探している裏切り者だ(この裏には元007役者のピアース・ブロスナンがいる)。そして、もうひとりは<セヴェルス>が良からぬ者に渡るのを妨害するためにジョージに協力することになる。さらには<セヴェルス>についての情報を漏らした男と、その男に近づいて情報を引き出した女ということになる。

何だか酷く狭い範囲で成り立っている話だけれど、手際よく94分という時間でまとまっているのは、『プレゼンス 存在』でもコンビを組んでいたデヴィッド・コープとソダーバーグという手練れの二人だからだろうか。

とは言え、裏切り者探しはいい加減な感じもした。というのもジョージは最終手段みたいにしてポリグラフを使うことになるけれど、それらしい描写はあってもそれによってジョージが何を理解したのかはまったく示されないからだ。結局は再びのディナーの席で裏切り者がボロを出すことにより、事の次第が明らかになる。

本作を「スパイ映画」だと散々言ってきたけれど、どうもラストの口座の金についてのキャスリンの台詞からすると、実は「ケイパームービー」だったようにすら見える。『オーシャンズ11』みたいな犯罪映画だ。本作は『オーシャンズ』シリーズみたいなシャレた娯楽作品として楽しめばいいのかもしれない。

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