『ANORA アノーラ』 「めでたしめでたし」の後

外国映画

監督・脚本は『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ショーン・ベイカー

主演は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』マイキー・マディソン

米・アカデミー賞では6部門にノミネートされ、作品賞・監督賞など5部門を獲得した。

物語

NYでストリップダンサーをしながら暮らす“アニー”ことアノーラは、職場のクラブでロシア人の御曹司、イヴァンと出会う。彼がロシアに帰るまでの7日間、1万5千ドルで“契約彼女”になったアニー。パーティーにショッピング、贅沢三昧の日々を過ごした二人は休暇の締めくくりにラスベガスの教会で衝動的に結婚!幸せ絶頂の二人だったが、息子が娼婦と結婚したと噂を聞いたロシアの両親は猛反対。結婚を阻止すべく、屈強な男たちを息子の邸宅へと送り込む。ほどなくして、イヴァンの両親がロシアから到着。空から舞い降りてきた厳しい現実を前に、アニーの物語の第二章が幕を開ける――。

(公式サイトより抜粋)

現代のシンデレラ?

『ANORA アノーラ』は、『プリティ・ウーマン』のやり取りとそっくりの場面まであるし、あの映画の先を描いた作品なのだろう。『プリティ・ウーマン』のような、いわゆるシンデレラストーリーは、貧しい境遇にいた女の子が、王子様と結婚することでハッピーエンドを迎える。おとぎ話らしく、「めでたしめでたし」で終わるわけで、そこから先のことは描かれない。しかし「現実はそうなの?」と疑問を呈するのが本作ということになる。

ショーン・ベイカー監督の作品は『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』『レッド・ロケット』という3作品を観たのだが、すべてアメリカ社会の底辺にいる人たちを描いている。そこには厳しい現実があり、どの作品もそれを突き付けられる形になるわけで、本作もラストがどんな方向へと展開していくかはある程度予想はつくことになる。

主人公のアニー(マイキー・マディソン)はストリップダンサーだ。客に求められれば、個室に行ってもっと過激なこともする。そんなアニーがロシア人の若者イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)に見初められ、短期間の専属契約を持ちかけられることになる。

実はイヴァンはロシアの「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥のドラ息子だったのだ。ニューヨークに遊びに来ていたイヴァンは、アニーと一緒にニューヨークを満喫する。セックスにお酒にドラッグという、いかにもパーティーといった乱痴気騒ぎが続いていくことになるのだが、イヴァンは何を思ったか、グリーンカードが欲しいと言い出してアニーにプロポーズすることになるのだ。あっという間に、アニーは一介のストリップダンサーから大富豪の御曹司の奥様になってしまう。まさにシンデレラストーリーを地で行くことになるのだが……。

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転調してドタバタ喜劇へ

正直、このパーティー三昧の部分はイヴァンのバカ息子ぶりが鼻について、ウザいことこの上ない。本作が面白くなるのは、アニーのシンデレラの座が危うくなってからということになる。

イヴァンは金さえあれば何でも自分の思い通りになると考えているようだったが、そこには例外があって、自分の親には頭が上がらないらしい。だから親が送りつけてきた刺客が登場すると、堪らずにアニーを捨てて逃げ出してしまうのだ。そこから先は旦那に逃げられたアニーと、イヴァンの親に雇われている手下たち3人との珍道中になっていくのだ。

『タンジェリン』でも、主人公がある人物を捜して街を歩き回るというのがあったけれど、ショーン・ベイカーの作品は街の撮り方がとてもうまい。『フロリダ・プロジェクト』のディズニー・ワールド周辺の街とか、『レッドロケット』の工場地帯とかも印象深いけれど、本作のコニー・アイランドの風景も、ショーン・ベイカーが撮ると「ショーン・ベイカー印」といった趣きが感じられる気がする。

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この中盤以降のアニーと手下の三馬鹿トリオのやり取りが笑える。何と言ってもアニーの暴れっぷりがすごい。最初の口喧嘩からしてかなりの激しさだ。これほどFワードで捲し立てるやり取りはあまりないんじゃないだろうか。それだけならばお行儀が悪いだけで済むのかもしれないけれど、雇い主からのお達しもあって手出しできない三馬鹿トリオは、アニーを大人しくさせようとして暴れさせることになり、かえって痛い目に遭うことになるのだ。

三馬鹿トリオの面々の中でも、一番下っ端で腕っぷしが強そうなイゴールがとてもいい味を出している。演じるのはユーリー・ボリソフで、この人は『コンパートメント No.6 』でも強面こわもてだけど意外といいヤツという、本作と似たようなキャラを演じていた。

ショーン・ベイカーの作品は厳しい現実を突き付けることになる。それは確かなのだけれど、同時に妄想とも夢とも言える最後を用意してもいて、それが厳しさをちょっとだけ中和するような役割を果たしている。『フロリダ・プロジェクト』も『レッド・ロケット』もそんなラストになっていて、これはある意味では現実逃避気味ではあるけれど、解決策があるわけでもなさそうなので致し方ないということなのかもしれない。

その点からすれば本作はよりシビアではあるけれど、アニーとイゴールの関係がわずかな救いのようにも感じられる。気丈だったアニーの最後の涙に、こちらもちょっとだけもらい泣きした。

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祝! アカデミー賞獲得

というわけで本作は感動的ではあったのだけれど、今年のアカデミー賞の作品賞ほか5部門を獲得したというのはちょっと意外な感もあった。本作は一部では「ソフト・ポルノだ」とも言われているようだし、イヴァンのキャラを筆頭にあまり行儀がいい作品とは言えないし(『レッド・ロケット』は主人公のクズっぷりがかえって笑えた)、社会に対して何か訴えるといったテーマ性のようなものは薄いとも言えるからだ。

それでも本作がアカデミー賞で主要な賞をほぼ独占したのは、作品自体の評価以外の外部の要素も加わっているっぽい(以下、『映画.com』のコラムも参照している)。そのひとつの要因はアカデミー賞で13部門にノミネートされて大本命とも噂された『エミリア・ペレス』のほうが、賞レースの直前になって自滅したからということがある。

よくアカデミー賞の前哨戦として参照されるゴールデングローブ賞では、ミュージカル・コメディ部門で『エミリア・ペレス』が作品賞を受賞し、『ANORA アノーラ』は受賞を逃していた。ところが『エミリア・ペレス』の主演女優が炎上騒ぎを起こしたことが影響し、アカデミー賞の直前に一気に風向きが変わったということらしい。

『エミリア・ペレス』の主演女優の炎上と、作品自体はまったく関係ないにもかかわらず、結局は作品自体の評価もガタ落ちということになったのだ。いわゆる「キャンセル・カルチャー」というヤツなのだろう。「キャンセル・カルチャー」が是か非かという問題はここでは措くとしても、事態はそんなふうに推移することになり、「棚からぼた餅」的に『ANORA アノーラ』が主要賞を独占する形になったということらしい。

個人的には『ブルータリスト』も忘れがたい作品だったと思うのだけれど、ユダヤ人の影響力が強いとされるハリウッドからしたら、シオニズムを支持していると見えなくもない『ブルータリスト』を積極的に推すことになるのはかえって憚られたということもあるのかもしれない(逆の立場の『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』は長編ドキュメンタリー賞を獲得している)。

まあ、賞レースなんてものは、今年ばかりではなく毎回そんなものなのかもしれない。作品そのものの評価ばかりでなく、ハリウッド側の思惑とか、その他の外部の要素とかが複雑に絡み合った末にというものらしい。

主演のマイキー・マディソンは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』にも顔を出していたらしいけれど、小さな役だったらしい。それが体当たりで主役に臨んだ本作で、一気に大出世してアカデミー賞主演女優賞を獲得したわけで、彼女にとっては本作はまさにシンデレラストーリーと言える。ショーン・ベイカーの作品では『レッド・ロケット』のスザンナ・サンも鮮烈だったし、新人女優の出世コースみたいになっていくのかも……。

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