『Brother ブラザー 富都のふたり』 声にならない叫び

外国映画

監督・脚本のジン・オングは、これまではプロデューサーとして活躍していた人物で、本作が初の監督作品とのこと。

原題は「富都青年 Abang Adik」。

マレーシア・台湾合作映画。

物語

マレーシア・クアラルンプールの富都(プドゥ)地区にある荒廃したスラム街。この地域には不法滞在者2世とも言える人々や、様々な国籍・背景を持つ貧困層の人々が多く暮らしている。その場所で、身分証明書(ID)を与えられず、過酷な生活を強いられ生きてきた兄アバンと弟アディ。アバンは聾唖というハンディを抱えながらも、市場の日雇いで堅実に生計を立てているが、アディは簡単に現金が手に入る裏社会と繋がっていて、彼の行動は常に危険と隣り合わせだ。そんなある日、実父の所在が判明したアディにはID発行の可能性が出てきた。しかしある事件がきっかけとなって、二人の未来に重く暗い影が忍び寄る。

(公式サイトより抜粋)

アバンとアディ、あるいは

『Brother ブラザー 富都のふたり』はマレーシアと台湾の合作映画となっていて、マレーシアと台湾では100万人を動員するヒットとなったらしい。アカデミー賞の国際長編映画賞には、マレーシア代表としてエントリーされるとのこと。また、主演のウー・カンレンは台湾のアカデミー賞と言われる金馬奨で主演男優賞を獲得した。日本では今週から劇場公開が始ったけれど、Netflixではすでに配信もされている(タイトルはなぜか『アバンとアディ』というものになっているけれど)。

舞台となるのはクアラルンプールの富都地区という場所だ。ここは「富都(プドゥ)」という名前にも関わらず、貧困層が暮らしているスラム街なのだ。主人公であるアバン(ウー・カンレン)とアディ(ジャック・タン)の二人は兄弟で、富都地区で周囲と助け合いながら生きている。ちなみに本作の原題は「富都青年 Abang Adik」というもので、「Abang Adik」というのはマレー語では「兄と弟」のことを示しているらしい。

アバンには聾唖という障害があるけれど、真っ当に生きている。一方で弟のアディは違法なことに関わって金を稼ごうとしている。彼らが貧しい境遇なのには理由があって、それは二人が身分証明書を持っていないからということになる。

公式サイトによれば、マレーシアでは様々な理由によって身分証明書がない人が30万人ほどもいると言われているらしい。身分証明書がなければ、当たり前の権利を享受することが困難になる。銀行口座も開設できないし、免許も取ることができない。当然まともな職業に就くことも叶わないことになる。

それからこれは後に明らかにされることだが、二人には実は血のつながりはない。アバンの両親は火事で亡くなってしまったために、身分証明書の発行ができない状況にある。この場合、アバンは街中で警察官に職務質問されただけで逮捕されることになり、常に怯えるようにして暮らしているのだ。

一方でアディは出生証明書のコピーをもっているために、それが一部では役に立つことになる。アバンに比べると多少はマシということだ。また、アディには生き別れた父がいて、その父を見つければ身分証明書の発行は可能になるらしい。

本作はマレーシアという国における、普段は見えないような社会問題を扱った作品なのだ。

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多民族国家マレーシア

マレーシアの映画を観るのは本作が初めてだと思う。最初に感じるのは、マレーシアには種々雑多な人たちがいるということだろう。マレーシアは多民族国家なのだ。Wikipediaの記載によれば、マレー系が約65%、華人系が約24%、インド系が約8%といった割合になるとのこと。

ちなみにアバンとアディの二人はマレー系の住民という設定になっている(アバン役のウー・カンレンは台湾人だが日焼けしてマレー系に見せている)。それから宗教的にはイスラム教が国教となっていて、劇中では朝には「アラー・アクバル」という言葉が響き渡ったりもしている。

アディは不法移民の手引きで違法に金を稼いでいて、劇中には多くの移民たちも登場する。舞台となる富都地区のマンションにも様々な人たちが暮らしている。アバンと親しくしている女の子は、ミャンマーからの移民だ。ただ、彼女も不法滞在だったようで、故国に強制送還される形になってしまう。

とにかく様々な人たちが助け合って暮らしているのが富都地区という場所らしい。アバンとアディには育ての親みたいなマニー(タン・キムワン)という人物がいて、彼女はトランスジェンダーだ。多分、行き場がなくてそのスラム街へと流れてきたということなのだろう。

本作ではアバンとアディがある事件を引き起こすことになってしまう。身分証明書がない二人を助けるために、ボランティアとして活動してくれているジアエン(セレーン・リム)という女性が登場するのだが、アディはその善意の女性を誤って殺してしまうことになるのだ。アバンはその事実を知り、アディと一緒に逃避行することになるのだが……。

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手慣れたデビュー作品

本作の物語は絶望的とも言えるところがあって、マレーシアのことをよく知らない日本の観客としては理解し難いと感じさせるところもあるのだけれど、その一方で映画の手法としてはジン・オング監督のデビュー作とは思えないような手慣れたところがあったと思う。

本作のチラシなどにも使われているキービジュアルを見た時には、いわゆるLGBTQを描いた映画なのかと勘違いしていた。そのくらいアバンとアディの二人は密接だ。二人が互いの額でゆで卵を割って食べるシーンも、その信頼度合いが見てとれる所作となっていて、ラストでも効果的に使われることになる。

本作のキービジュアルの場面は、トランスジェンダーであるマニーの誕生会のもので、部屋の赤い照明もあやしい雰囲気を醸し出しているし、二人のダンスの密着度もちょっと普通ではないものがある。

それでもこのシーンではアバンは、ミャンマー人の女の子のことを想っていて、アディはその代わりになっているだけだ。アディはアバンのことを兄として慕っているけれど、それ以上のものもある。アディは本当の父親のことを否定していて、アバンはアディにとって父親代わりみたいなところもあるのだ。だからアディはどこかでアバンに対して甘えているところもあるわけで、あのダンスシーンはそうした二人の関係性を示していることになる。

それから事件後に逃避行中の二人が離ればなれになりそうになるシーンがとても見事だったと思う。このシーンではアバンが耳が聞こえないため、バスに乗り遅れることになってしまう。バスの中で眠りこけていたアディはそのままバスに乗っていて、アバンと離ればなれになりそうになるのだ。

アディはアバンに頼り切っている。だからアバンがたとえば結婚したりして、アディのことを見捨てるようなことになれば耐えられない。この逃避行中も、人を殺してしまったアディは、アバンから切り捨てられることを常に不安に感じている。アバンはアディのことを見捨てる意図はなかったものの、アバンの障害によって意図せずにアディが切り捨てられる形になってしまいそうになるのだ。アディの不安を観客も一緒に体感してしまうようなシーンになっているのだ。

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生きてるだけで十分?

その後のアバンは、アディの身代わりとして警察へ出頭することになる。そして、アバンはそのまま罪を被る形で死刑になってしまうのだ。アバンのこの行動はなかなか理解し難いようにも感じられた。

アバンは「生きてるだけで十分」と慰める仏教の教誨師を相手に、自分の正直な気持ちを吐露することになる。尤も、アバンは聾唖者なわけでしゃべることはできない。それでもそれが声にならない叫びとなってくるあたりが、本作の一番の泣かせどころとなっている。ウー・カンレンという人は台湾ではかなり有名な役者さんらしいのだが、私は本作が初めてで、本物の聾唖者がアバンを演じているのかとすら思っていたほど真に迫っていたと思う。

とはいえ、アバンの行動が理解できたとは思えない。このあまりにも救いがないとも思えるラストは、「一体何なんだろうか?」と疑問にすら思えてきてしまった。

マレーシアにおいてはアバンは身分証明書の発行が絶望的であり、彼には何の希望もないように見える。だから少しでも希望があると思えるアディにそれを託したということなのだろう。

冒頭でアディが関わっていた不法移民たちのひとりは、警察に捕まるくらいならと考えたのか自殺することを選んでいた。彼の背景についてはまったくわからないわけだけれど、それほど追いつめられていたということなのだろう。

そして、アバンもそれは同様だということなのだ。それはわからなくもないけれど、それでもなぜ政府が身分証明書の発行を怠っているのかがよくわからないこともあって、アバンがなぜ死ななければならないのかはあまり理解できない気もしたのだ。こうした理不尽を描くことによってマレーシアの社会問題を世に訴えるということなのかもしれないのだけれど、未だにうまく飲み込めないものが残っている気もするのだ。

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