監督・脚本は『女っ気なし』や『やさしい人』などのギヨーム・ブラック。
原題は「A l’abordage」。
ベルリン国際映画祭パノラマ部門では国際映画批評家連盟賞特別賞を受賞した。
物語
夏の夜、セーヌ川のほとりで、フェリックスはアルマに出会い、夢のような時間を過ごす。翌朝、アルマはヴァカンスへ旅立ってしまう。フェリックスは、親友のシェリフ、相乗りアプリで知り合ったエドゥアールを道連れに、彼女を追って南フランスの田舎町ディーに乗りこむ。自分勝手で不器用なフェリックスと、生真面目なエドゥアール、その仲を取り持つ気の優しいシェリフ。
サイクリング、水遊び、恋人たちのささやき。出会いとすれちがい、友情の芽生え……。 3人のヴァカンスも、みんなのヴァカンスも、まだはじまったばかり──。
(公式サイトより抜粋)
おかしな3人組?
原題は「A l’abordage」となっていて、これは「移乗攻撃」のことを指すのだという。つまりは相手の船に接近して無理やり乗り込んでしまうような攻撃のことを言うらしい。
アルマ(アスマ・メサウデンヌ)という素敵な女性と夢のような夜を過ごしたフェリックス(エリック・ナンチュアング)は、次の日ヴァカンスに向ってしまったアルマを急襲しようとする。そのことがこのタイトルになっているのだろう。
フェリックスは友人のシェリフ(サリフ・シセ)を誘って南フランスの田舎町ディーへと向かう。足となるのは相乗りアプリで見つけた車だ。その車の運転手がエドゥアール(エドゥアール・シュルピス)なのだが、エドゥアールとしては田舎に帰る時に「女の子と一緒に」と目論んでいたらしい。ところが現れたのは黒人男性ふたりで、一度は怒り出すものの、それでもふたりを放り出したりはしないところがお坊ちゃまらしい。
エドゥアールはマザコンで、車も母親から借りているらしく、その母親からは“子猫ちゃん”と呼ばれているのだ。口が悪いフェリックスはそれをバカにすると、エドゥアールは余計に不機嫌になる。険悪なふたりを、人のいいシェリフが間に入ってなだめ役となる。そんな3人組のヴァカンスの出来事を描くのが本作だ。
ロメール的会話劇
フランス人はヴァカンスが大好きらしい。ヴァカンスで何をするのかと言えば、何もしないのが一番の贅沢とされるのだとか。海に行って太陽を浴びながら日焼けをし、そこでのんびり読書なんかをするのがヴァカンスらしいヴァカンスということなのだろう。
本作で描かれるヴァカンスの風景もそんな典型的なヴァカンスということなのだろう。場所は海ではなく川沿いとなっているけれど、そこでものんびりとした風景が広がっている。取り立てて大きな出来事が起こるわけではない。男と女がいて、出会いがあって、他愛ない会話が続く。それだけの映画なのだが、なぜかおもしろい。
そんな会話劇の映画として思い浮かぶのはやはりエリック・ロメールで、本作の監督ギヨーム・ブラックもエリック・ロメールの影響を受けているらしい。ロメールの会話はどちらかと言えば知的なものもあり、哲学的な議論が交わされたりもするわけだけれど、『みんなのヴァカンス』はもっと身近な会話になっているとは言えるかもしれない。
ギヨーム・ブラックの映画は初めてだったのだが、なぜかこれまでの作品はレンタルされておらず、今回は過去の作品である『遭難者』と『女っ気なし』の2本も一緒に劇場で観た(販売されているDVDは『女っ気なし』のタイトルで両方入っているらしい)。
この2本にはヴァンサン・マケーニュ演じるシルヴァンという男が登場する。シルヴァンはテレビゲームが好きなオタクで、いかにも女っ気がなさそうな男なのだが、とても人がよくて愛すべき人物なのだ。多分、ロメールの作品にはこんなキャラクターは出てこないだろう。
負け組だって夏を楽しもう!
『みんなのヴァカンス』の男性陣も負け組だ。フェリックスは一応モテているつもりなのかもしれないけれど、その相手であるアルマには翻弄されてばかりだ。突然サプライズで会いに行ってもあまりいい顔をされないし、川の中でキスをしてラブラブになっていたかと思うと、すぐに機嫌を損ねてしまう。やはりフェリックスもモテない男なのだろう。
一方でシェリフとエドゥアールは、フェリックスとアルマが川で戯れる姿を遠くから羨ましそうに眺めている。「夢のような風景だね」みたいな感じで、まるで自分たちには縁のない世界とでも言うように……。ふたりは負け組を自認しているのだ。
かといって、彼らもヴァカンスを楽しんでいないわけではない。シェリフはニナという子供を連れたエレナ(アナ・ブラゴジェビッチ)と親しくなり、ニナのお守をしながらヴァカンスを満喫している。エドゥアールはサイクリングで峠を攻めたりしているうちに、最初は険悪だったフェリックスともいつの間にかに楽しく過ごしている。
本作はフェリックスの恋から始まるわけだが、視点は移行していき群像劇のようになっていく。ちなみに監督のギヨーム・ブラックは、本作の主人公はシェリフだと考えているとのこと。
シェリフは太っちょだし、アニメ『おおかみこどもの雨と雪』のTシャツを着ていたりしてオタクっぽい。一番女性に縁がなさそうに見えるのだが、ギヨーム・ブラックとしてはそんなシェリフを自分に近しいものとして感じているのかもしれない。そんなわけで『みんなのヴァカンス』の登場人物は、ちょっと高尚なイメージもあるロメールのそれを比べるともっと取っつきやすくて親近感が湧くんじゃないだろうか。
困った映画
『みんなのヴァカンス』はおもしろい。それは確かだと思うのだが、困った映画でもある。というのは、そのおもしろさを人に伝えることが難しいからだ。観てもらえば一目瞭然なのかもしれないが、理屈ではうまく説明できないのだ。
同じような会話劇を得意とするホン・サンスに関してのトークショーで、登壇した吉田大八監督(『桐島、部活やめるってよ』など)はホン・サンス作品を褒めようとしていたけれど、それをうまく言葉にすることには難儀していたように記憶している。こうした作品は筋は「あってなきが如し」だし、謎があるわけでもない。誰かと誰かが恋に落ちるのも理屈ではないように、こうした映画がおもしろいことも理屈ではないのだろう。
だからそんな映画を褒めることはなかなか難しい。そうなるとあのシーンがよかったなどと並べ立てるほかなくなってしまう。
・冒頭、夜になる前のセーヌ川沿いの微妙な光の加減がいい。
・負け組3人組の関係性がいい。
・とにかくニナ(監督の子供らしい)がひたすらかわいい。
・カラオケのシーンがよくて、ヴァカンスを満喫したような気分に。
・シェリフに起きた最後の出来事がまさに夢のよう……。
こんなふうに羅列しても何の考察にもならないのだけれど、そんなふうにしか語ることしかできない。そんな意味では何とも無力感を抱かせるもどかしい映画とも言えるわけだけれど、観ている間はとてもいい気分になれると思う。
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