『ハウス・オブ・ダイナマイト』 世界を決める20分

外国映画

監督は『デトロイト』キャスリン・ビグロー

脚本は『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』ノア・オッペンハイム

本作は群像劇だが、アメリカ大統領を演じてクレジットのトップに名前が挙がっているのは、『アラビアンナイト 三千年の願い』イドリス・エルバ

Netflixにて2025年10月24日から配信開始(10月10日から一部劇場でも公開されている)。

物語

ごくありふれた一日になるはずだったある日、出所不明の一発のミサイルが突然アメリカに向けて発射される。アメリカに壊滅的な打撃を与える可能性を秘めたそのミサイルは、誰が仕組み、どこから放たれたのか。ホワイトハウスをはじめとした米国政府は混乱に陥り、タイムリミットが迫る中で、どのように対処すべきか議論が巻き起こる。

『映画.com』より抜粋)

核抑止力という幻想?

北朝鮮は盛んにミサイル発射実験を繰り返し、日本や周辺諸国をやきもきさせたりしている。北朝鮮はなぜ他国から顰蹙を買いつつもそんなことをしているのかと言えば、核抑止力というものを信じているからなのだろう。

核の力があればヘタに攻め込まれることもないし、あわよくば敵と交渉することも可能になる。そんなふうに北朝鮮のリーダーは考えているのだろうし、その考えはほかの核保有国とされる国にも認められた考えなのかもしれない。ところが、本作はそれに対して疑問を投げかけることになる。

ある日突然、アメリカ本土が核ミサイルの標的になったとしたら? 核抑止力が有効だとしたら本来はあり得ない設定なのだが、現実にそんな事態が起きてしまう。本作はそんな話なのだ。

もちろんそんな危機的な事態に対するマニュアルはすべて整っている。アメリカの危機管理に関わる多くの人たちが本作の登場人物ということになるが、彼(女)らは決められた手順に基づいて、“今、そこにある危機”に対処していく。

監視システムが捉えたミサイルの姿によって、危機対策を担う現場は一気に慌ただしさを増すことになる。その日の朝まで誰も予想もしてなかったことだが、システムが弾き出した着弾予定時刻は約20分後なのだという。20分の間にアメリカどころか世界の運命が決まってしまうのだ。

Netflix映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』 10月24(金)より独占配信中

着弾まで20分

『ハウス・オブ・ダイナマイト』が描くのは、ほとんどこの20分に尽きる。ミサイルが発見されてから、それが着弾するまでのわずか20分間。20分で一体何ができるのだろうか? 普通の人ならそんなふうに思うだろう。

最初は前代未聞の出来事だけに誰もが半信半疑のままだ。誤報なのじゃないのか、多くの人がそう願うことになる。それでもミサイルが実際に撃ち込まれたとしたら、そんなわずかな時間で対処しなければならないということらしい。

しかしながら、本作は約2時間の映画になっている。というのは本作では登場人物の役割ごとに、その20分の経過を追うことになり、同じ20分が三度に渡って繰り返されることになるのだ。

最初はホワイトハウスの危機管理室のオリビア・ウォーカー大佐(レベッカ・ファーガソン)が中心となり、同時にアラスカ基地から発射されるGBI(弾道弾迎撃ミサイル)の行方も描かれることになる。次の章では安保副補佐官のジェイク・バリントン(ガブリエル・バッソ)が中心となり、対策会議の様子が描かれていく。そして、最後の章にようやくアメリカの大統領(イドリス・エルバ)が登場する。大統領は出張中で対策会議には声だけでの参加だったのだが、最後の章では大統領の決断までの経緯が追われることになる。

どの章でも同じようにミサイルが発見されてからの20分が繰り返される。3章に分けずに、すべての登場人物の役割を同時並行的に描くこともできるだろう。しかしそうすると20分という時間を2時間に引き延ばすことになってしまう。それでは20分という短い時間を体感できなくなってしまうだろう。

本作は三度に渡って20分を繰り返すことで、その時間があっという間だと体感させる。そして、そんなわずかな時間に世界の運命が決められるというあり得ないような状況に唖然とさせられることになるのだ。

Netflix映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』 10月24(金)より独占配信中

スポンサーリンク

 

残された選択肢

ちなみにミサイルはレーダーでは捉えられているけれど、実際に誰かが確認したわけではない。それでも何らかの熱を発した飛行物体が飛んでいることは情報の解析から明らかなようで、誤報の可能性は少ないということらしい。

アラスカ基地は手順通りに迎撃ミサイルを発射することになるのだが、その迎撃は失敗に終わる。これはそれを発射した軍人たちにも予想外だったようだ。手順通りにやったはずだと言うのだが、なぜか迎撃は失敗するのだ。

安保副補佐官のジェイクが言うには、迎撃ミサイルの命中率は実は60パーセント程度なのだとか。国防長官(ジャレッド・ハリス)は「コイントスと同じじゃないか」と今さらながらに文句を言うことになるけれど、500億ドルもの巨額の金を使っても、そんな精度にしかならないらしい。ジェイク曰く、「弾丸で弾丸を撃つようなもの」だから、そんな簡単に行くわけもないということなのだ。

そうなるとミサイルはアメリカ本土に着弾することがほぼ確定的となり、そこから先は報復攻撃をどうするのかということになっていく。その重大な決断を迫られるのが大統領なのだ。

Netflix映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』 10月24(金)より独占配信中

何のための国防か?

ミサイルが迎撃できずに本格的にマズい事態になってくると、それ以上できることもないということなのか、軍人たちもひとりずつ現場を離れていく。目の前に迫っているこの世の終わりに際し、誰もが自分の家族のことを心配しているというわけだ。

本作はそれを強調しているようにも思えた。というのも、そもそも国防が何のためにあったのかというのを思い起こさせるからかもしれない。国を守るというのはある意味では抽象的だけれど、その大元には家族を守るということがあるのだろう。守るべき人がいるからこそ、国を守ることにも意義があるわけだ。しかしながら、国を守るはずの核抑止力は実は酷く脆いものだ。本作が描くのはそういう現実なのだ。

迎撃が失敗したとなると、アメリカ本土のひとつの街が消えることになることはほぼ決定的だ。今、大統領が取り得る選択肢としては、報復攻撃を仕掛けることだけになる。そうすればさらなる攻撃を避けられることになる。とはいえ、それをすれば世界の終わりとなるだろう。

対策会議に参加している軍人の多くや、核のボタンの入ったブリーフケースを持ったリーブス少佐(ジョナ・ハウアー=キング)は報復を望んでいる。一方で安保副補佐官ジェイクはそれを止めさせようとしている。

ジェイク曰く、報復をしないことは追加攻撃がないことを祈るだけになってしまう。それは「降伏」したのも同然だ。とはいえ、報復すればどうなるかと言えば、それは「自殺」と同じことになる。

つまりはとち狂ったどこかの国が、アメリカを攻撃するという普通ではあり得ないことを仕出かした瞬間に、アメリカはもう「降伏」するか「自殺」するかのどちらかに追い込まれることになってしまうというわけだ。そして、どちらにしても世界そのものが終わりに近づくことは間違いないだろう。

大統領は核のボタンというものは抑止力のためじゃなかったのかと改めて問うことになる。アメリカの備えを知っていれば、誰も核戦争など仕掛けてこないはずだ。この考えは相手が合理的で真っ当な考えの持ち主であるという前提に立っているのだろう。しかし、そうではない場合もある。とにかく一発のミサイルだけで核抑止力という幻想は脆くも崩れることになってしまうのだ。

本作は大統領の決断を描く前に終わってしまう。けれどもわれわれが危うい世界に生きているということは明確に示したと言えるかもしれない。大統領はこの世界を「爆薬が詰まった家」と指摘する。今にも壁は吹き飛びそうだというのだが、われわれが住まう世界そのものが吹き飛んでしまったらどこにも居場所などなくなってしまうわけで、そんな危うい現実に慄然とするほかない。

コメント