『秒速5センチメートル』　自己否定すること

新海誠監督の劇場アニメーション『秒速5センチメートル』の実写映画化。

監督は『アット・ザ・ベンチ』の奥山由之。

主演は『夜明けのすべて』の松村北斗。

物語

1991年、春。東京の小学校で出会った遠野貴樹と篠原明里は、互いの孤独に手を差し伸べるように心を通わせるが、卒業と同時に明里は引っ越してしまう。中学1年の冬。吹雪の夜に栃木・岩舟で再会を果たした２人は、雪の中に立つ桜の木の下で、2009年3月26日に同じ場所で再会することを約束する。時は流れ、2008年。東京でシステムエンジニアとして働く貴樹は30歳を前にして、自分の一部が遠い時間に取り残されたままであることに気づく。明里もまた、当時の思い出とともに静かに日常を生きていた。

（『映画.com』より抜粋）

新海誠監督のアニメの実写化

新海誠監督の『秒速5センチメートル』の実写映画化だ。長らく映画ブログなんてものを運営しているけれど、アニメ作品を取り上げることはほとんどない（「エヴァ」は結構ハマったと自覚しているけれど）。実写映画に偏りがちなのは単純に私の好みだけれど、一応、新海誠監督の作品はだいたい観ている（レビューを書いたのは『天気の子』だけだけれど）。

誰もが言うように、その風景描写の素晴らしさには驚かされたりもするけれど、ちょっと気になることもある。たとえば『言の葉の庭』あたりが典型的だと思うけれど、過剰にセンチメンタルで独りよがりと感じられるところがあるような気もするのだ。アニメの『秒速5センチメートル』についてもそういう部分があった気もする。

だから実写映画化についてもあまり期待はしていなかったのだけれど、そんな気になる部分がうまく中和されているような気もして、意外にもよかったというのが正直な気持ちだ。

余白を埋める

アニメ版は62分の中編だ。物語としては小学校時代から始まり、高校時代のエピソードがあり、社会人になってからのエピソードで終わる。しかしながら、ラストをどんなふうに捉えるのかという点では曖昧さがあったかもしれない。

踏切で主人公・貴樹とひとりの女性がすれ違う。貴樹はそこで何かを感じて後ろを振り返ると、踏切の向こう側にはかつての恋人・明里と思しき女性がいる。しかし、線路を電車が通過していくことになり、視界が開けた時にはすでに誰もいなくなっている。このラストをどんなふうに捉えるべきなのか？

今回の実写版は社会人になってからの話を拡大する形で、121分の長編にしている。しかも始まりも社会人になった貴樹（松村北斗）から描かれることになる。そこから過去を振り返る形になるのだ。

社会人の貴樹は、会社では人付き合いを毛嫌いしたような偏屈な人になっている。周囲との雑談をするのも面倒くさそうで、傍から見たらスカした人物に見えるだろう。本作ではなぜ貴樹がそんなふうになってしまったのかという点に疑問を抱かせ、過去を振り返る形でその「なぜ」に答えるのだ。

そして、最終的にはアニメと同じラストを迎えることになる。アニメ版のラストはかなり余白が大きかったけれど、アニメが描かなかった部分をこの実写版が埋める形になっているのだ。

 

何に囚われているのか？

時の流れをそのまま辿ることになったアニメ版に対して、実写版は現在から過去を振り返ることで、貴樹が何に囚われているかが見えてくる。そうした回想が最終的に到着する場所が、岩船という場所の桜の木の下だ。

この場面はアニメでも印象的だった。そこで中学生の二人は初めてキスをすることになる（実写版では直接的な表現は避けられているけれど）。二人はそこから離ればなれになってしまうけれど、貴樹は明里とのこの出来事にずっと執着していくことになるのだ。

だから社会人になってからの恋人・理紗（木竜麻生）ともうまくいかない。彼女には「１センチも近づけなかった」と言われて別れることになる。

高校時代には花苗（森七菜）と親しくしていたけれど、貴樹は彼女にやさしいようでいて、常にどこか遠くを見ている。そのことが花苗に告白を断念させてしまうことになる。

結局、貴樹は隣にいる人を無視してしまい、遠くにいる明里のことを思っているのだ。今、隣にいる人よりも、遠くにいる大事な人ということになる。そうした態度は周囲を遠ざけ、彼を孤立させることになってしまう。それが最初に描かれる社会人となった貴樹の姿だったということになる。

独りよがりを脱する

アニメ版は短編３作の連作という形で、第１話の「桜花抄」は貴樹のモノローグがずっと続くけれど、第２話の「コスモナウト」は視点が花苗に移行するために貴樹が何を考えているかは見えてこない。第３話の「秒速5センチメートル」は３つの短編の中でも一番短く、後半は山崎まさよしの「One more time, One more chance」に合わせて二人それぞれの情景描写があるだけで、具体的に何があったのかは観客に委ねられている。そのためラストの解釈も様々になる。

実写版はアニメ版の余白の部分を丁寧に描いていく。貴樹の明里への執着は、アニメ版にはなかった桜の木の下で再び会おうという約束によって強調される。貴樹は明里との約束を守って、再び桜の木の下へと向かうけれど、明里（高畑充希）はその場に現れない。

この約束は世界滅亡の時には一緒に過ごそうといったもので、戯れ言めいたものだ。実際にそんなことが起きないことは明らかだろう。かつて話題になっていた彗星が、地球にぶつかることもなく通り過ぎることは、科学的にも示された周知の事実となっているのだ。貴樹はそれでも明里に会いたいとそこに向かうわけで、貴樹のダメさ加減を明確に示しているとも言える。

実写版では、さらに貴樹の再スタートというものも感じさせる。彼はプラネタリウムに再就職することになるわけだが、その館長の小川（吉岡秀隆）が間接的に貴樹と明里をつなぐことになる。貴樹は小川を相手に率直に自分のことを語り出す。彼が明里に会いたかったわけは、好きだと告白したかったとかではなく、「何気ない話をしたかった」だけなのだと気づくのだ。

このことは貴樹の今までの姿を否定することになるだろう。彼は雑談を嫌い、周囲の人に対してスカした態度をしていたわけだから。このことによって貴樹は自分の態度を改めることになっていくのだ。

そうしたことが踏切でのラストシーンへと結びついてくる。アニメ版では曖昧になっていたけれど、実写版では貴樹がひとつの踏ん切りをつけて前へと進もうとしているということがより明確になるのだ。

実写版の『秒速5センチメートル』は、アニメ版の第１話と第２話はほぼ違和感なく映像化されていて素晴らしかったと思う。小学校時代の明里を演じた白山乃愛のかわいらしさも鮮烈だったし、高校時代の花苗を演じた森七菜の涙にも心動かされるものがあった。ただ、個人的にとてもよかったと思えたのは、社会人の貴樹を演じた松村北斗だ。

社会人の貴樹はスカしている。それがどこかで自分の間違いに気づき、素直にそれを認めて感情を露わにしてしまうあたりを松村北斗がとてもうまく表現していたと思う。アニメ版では独りよがりの部分があるとも感じていたけれど、松村北斗の存在がそれを中和するような役割を果たしていたようにも感じられたのだ。